
安泰のはずだった老後計画
大学を卒業してから約40年間、地方銀行で真面目に働き続け、プライベートでは大きな病気もせず、2人の子どもを育て上げた田中正雄さん(66歳・仮名)。その後、関連会社に契約社員として出向し65歳で引退。年金生活をスタートさせました。
老後の生活設計は、現役時代から入念にシミュレーション。「老後2,000万円問題」が世間を騒がせたときも、田中さんは「うちは大丈夫だ」と自信満々だったといいます。退職金3,000万円に加え、老後を見据えた貯金も3,000万円弱。65歳になってから受け取っている年金は月21万円ほど。持ち家のローンはすでに完済していますし、子どもたちも独立しています。これからは3歳年下の妻と穏やかな日々を送る。趣味の家庭菜園や、年に一度の国内旅行を楽しむ。そんなささやかで、しかし確かな幸せが待っているはずでした。
しかし、退職から1年が過ぎた今、田中さんの通帳の残高は、想定をはるかに超えるペースで減り続けています。その額、すでに1,000万円以上。退職金が振り込まれた口座の残高は1,000万円台となっていました。
「俺の退職金3,000万円が……このままでは、70歳になる前に老後資金が枯渇してしまうのではないか?」。夜、ベッドに入っても、漠然とした不安が胸をよぎり、なかなか寝付けない日も。一体、どこで計算が狂ってしまったのでしょうか。
田中さんのように、退職金や年金を受け取り、一見すると安泰な老後を迎えられるはずだった世帯が、経済的に困窮するケースは決して絵空事ではありません。公益財団法人生命保険文化センター『2022年度 生活保障に関する調査』によると、高齢夫婦2人が老後生活を送るうえで必要と考える最低日常生活費は月額で平均23.2万円。さらにゆとりある生活を送るためには平均で37.9万円が必要とされています。
現在の田中家の収入が田中さん自身の年金だけと仮定すると、手取りは月18万円弱。最低限の生活をするには月3万円、余裕ある暮らしをするなら、月20万円弱の取り崩しが必要になります。このあと、3歳年下の妻も年金を受け取るようになります。基礎年金(月7万円ほど)だけだとしても、最低限の生活を送るのであれば、取り崩しは必要なくなります。余裕ある暮らしをするなら、月14万円ほどを取り崩し。よほど、無謀なことをしないかぎり、「お金がない」という状態にはなりそうもありません。
しかし、多くの人は老後資金を計画する際、自身の生活費や医療費は計算に入れても、そのほかの「コスト」は見落としがち。田中さんもまさに「想定外の出費」に頭を抱えることになったのです。