年金の繰り上げ受給。老後の安心を求めて年金増額への期待が高まる一方、制度の複雑さが思わぬ落とし穴となることも少なくありません。年金を増やす選択肢が現実にどう作用するのか。しっかりとルールを知っておかないと涙することに。
年金、増えるって言ったのに!65歳で〈年金18万円〉だった70代男性、「年金は1円も増えない」という悲劇に呆然 (※写真はイメージです/PIXTA)

「繰下げは無効」と言われた「まさかの理由」

当初の予定通り年金を繰下げ、70歳を迎えたときに年金を請求することにした鈴木さん。

 

「いつまでも若いつもりでいたけれど、70となると、色々とガタがきてね。70歳を迎えたら、そのあとは老後。年金をもらって静かに暮らしていこうと思ったんです」

 

5年間の繰り下げ。65歳で月18万円ほどもらえるはずだったから、42%増、月25万円以上はもらえるはず――そうウキウキしながら、年金事務所へ。しかし、そこで聞いたのは思いもしない現実でした。

 

「えっ、1円も増えないんですか?」

「そもそも、繰り下げができない?」

 

混乱のなか、年金事務所で説明を聞きます。実は鈴木さん、奥さんを先に亡くし、遺族厚生年金を受け取っていました。遺族厚生年金は厚生年金保険の被保険者、または被保険者であった人が亡くなったときに、その人によって生計を維持されていた遺族が受給できる遺族年金。子ども*2いない夫の場合、55歳以上であれば遺族厚生年金を受給できます(受給開始は60歳から)。

 

*18歳になった年度の3月31日までにある人、または20歳未満で障害年金の障害等級1級または2級の状態にある人

 

また老齢年金を65歳で受け取らずに66歳以後75歳までの間で繰り下げて増額した年金を受け取ることができる年金の繰下げ受給ですが、65歳の誕生日の前日から66歳の誕生日の前日までの間に、障害年金や遺族年金を受け取る権利があるときは繰下げ受給の申し出ができないというルールがあります。また繰下げ中に遺族年金の受給権が発生したら、その時点で繰り下げは終了。増額率は固定されます。

 

すべて初耳でしたが、ルールはルール。仕方がありません。また、老齢厚生年金と遺族厚生年金には「併給調整」のルールがあります。65歳以上で自身の老齢厚生年金と遺族厚生年金の両方を受け取る権利がある場合、原則として自身の老齢厚生年金が優先して全額支給されます。そして、遺族厚生年金は、自身の老齢厚生年金の額を上回る部分(差額)のみが支給される仕組みになっています。鈴木さんの場合、遺族厚生年金はゼロに。

 

「こんなことであれば、さっさと年金を受け取っていればよかった」

 

いまさらながら、妻を亡くした悲しみがぶり返してきた鈴木さん。思わず涙がこぼれそうになったといいます。結局、鈴木さんは65歳から受け取るはずの年金を受け取るのを忘れていた、という状態だったわけです。

 

年金制度は非常に複雑で、個々人の状況によって適用されるルールが細かく異なります。「知っているつもり」「こうなるはずだ」という思い込みが、鈴木さんのような結果を招くことがあります。老後の生活設計を行う際、年金相談も行うと安心です。

 

[参考資料]

厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』