定年を迎えた瞬間から、ある意味、人は社会の外側に立たされます。長年培った肩書や人間関係は、現役を離れたその日から意味を持たなくなることも。そして、気づけば家にも、街にも、自分の「居場所」が見つからない――そんな声は決して少なくありません。
この家に俺の居場所なんてない…「年金月21万円」「退職金3,800万円」65歳の元エリート金融マン、透明人間と化す老後。「ファミレス」の片隅から聞こえてきた嘲笑に涙

ファミレスのお決まりの席が唯一の居場所だったが

現役中は仕事が中心で、人とのつながりも仕事絡みがほとんどだった、という男性は多いでしょう。さらに佐々木さんの場合は、自宅を建てた場所に土地勘さえない状況。身近にプライベートの知人はひとりもいません。さらに単身赴任を始めてから四半世紀、佐々木さんには、しっかりと家族と時間を共にした経験が一度もありませんでした。たまに「本当は家族ではないのではないか――」、そんな錯覚さえ覚えてしまうほどだといいます。

 

孤独な毎日のなかで、唯一見つけ場所が、毎日通うファミレスのお決まりの席だったのです。しかし、そんな自分の居場所に対しても問題が……。

 

毎日11時過ぎ、5~6人、多いときには10人以上の高齢者が一度に来店し、おしゃべりに花を咲かせます。聞こえてくる話からすると、何やら、同じサークル同士の友人のよう。楽しく過ごしているだけならいいのですが、人は集団になると厄介なもの。店内には大きな声が響き渡ります。さらに注文するのはドリンクバーのみ、ということがほとんど。たったそれだけの注文で、3~4時間は居座ります。

 

佐々木さん、この集団が来るたびに、少し嫌な気持ちになり、イヤホンを耳に装着。さらに自分の世界に入り込む、というのがお決まりのパターンでした。しかしこの日は、イヤホンの調子が悪く、集団の話し声が丸聞こえ。そんなとき、近くにいた若者が「あの老人たち、本当にうるさくて、気持ち悪い……」とポツリとこぼし笑う声が聞こえてきました。佐々木さん、その言葉が深く突き刺さったといいます。

 

「私も、あの高齢者たちを苦々しく感じていました。しかし若者の言葉を聞いて、私自身、そっち側(高齢者側)なんだと自覚することになりました」

 

それ以来、ファミレスにいることも恥ずかしいことのように思えてきた佐々木さん。毎朝のルーティンを失ったことで、より孤独は深くなり、知らず知らずと泣いていたといいます。

 

60歳以上の男女を対象に行った内閣府『令和3年度 高齢者の日常生活・地域社会への参加に関する調査』によると、孤独・孤立感について尋ねる質問に対して、「自分には人との付き合いがないと常に感じる」と回答した人が30.7%。「自分は取り残されていると常に感じる」が19.0%、「自分は他の人たちから孤立していると、常に感じる」が17.7%でした。また女性よりも男性のほうが孤独を感じる人が多い傾向があります。

 

また「あなたは高齢者だと感じていますか?」と質問したところ、44.8%が「いいえ」と回答。男性のほうが「自分はまだまだ高齢者ではない」という意識が強い傾向にあります。このような無自覚の人が、ひとたび「高齢者」であることを自覚したとき、人によっては、喪失感を覚えるケースもあるでしょう。

 

ただ、そんな佐々木さんの異変を察知したのは、佐々木さんの妻。そして正直な話をしてくれたといいます。

 

「ずっと単身赴任をしていた私に対して、家庭を顧みない夫、という思いがあったそうです。でも仕事を辞めた今、改めて夫婦を始めたい――そう言ってくれたんです」

 

少しずつではありますが、最近は夫婦、一緒に過ごす時間が増えているといいます。

 

[参考資料]

内閣府『令和3年度 高齢者の日常生活・地域社会への参加に関する調査』