高齢者の生活が苦しくなるなか、親の遺産を頼りにする人も増えています。しかし、そんな遺産がもらえないとしたら――老後の生活設計は一気に崩壊し、立ち行かなくなることも珍しくないようです。
〈年金月12万円〉65歳妹、〈遺産2,000万円〉が72歳兄と共に忽然と消えて…老後崩壊で絶叫「信じた私がバカだった」 (※写真はイメージです/PIXTA)

相続をきっかけとした「家族の裏切り」

母が亡くなる前に、哲也さんが勝手に口座からお金を引き出していた――刑法第252条では、他人の財物を自己のために領得した場合を「横領」としていますが、哲也さんが「母から預かっていた通帳」で母の依頼(今となっては確認できませんが)で貯金を引き出していたとなると、それは横領にはなりません。仮に母の同意なしに使い込んでいたとしても、「親族間の財産の処分」に関しては刑事告訴が困難であり、刑法第244条(親族相盗例)によって、原則として起訴はされないでしょう。

 

民事で争うにしても、哲也さんが何にいくら使ったのか、母の生前の意思はどうだったのか――明確な証拠がなければ「不当利得」や「遺産の特別受益」として裁判で争うのは難しいでしょう。哲也さんの所在もわからず、母からの遺産という希望も失くし、久美子さんは年金12万円の暮らしを続けています。

 

お金に困っていたのか、それとも単なる欲でしかないのか。いずれにせよ、哲也さんと連絡が取れないなか、確認のしようがありません。母の遺産を受け取ることができず、老後の生活設計も崩壊。久美子さん、「何でこんな目に遭わないといけないのよ!」と声を荒げるしかありません。

 

家庭裁判所の統計によると、令和4年度の遺産分割調停の申し立て件数は1万3,751件に上り、10年前よりも約1.4倍に増加しています。高齢化により死亡者が増加=相続事案が増加という一面がありますが、今回の久美子さんのように、高齢の親のお金の管理を子が行い、それに伴い親族間の争いが増えているという見方も。

 

厚生労働省『令和6年国民生活基礎調査』によると、高齢者世帯の59.0%が「生活が苦しい」と回答。26.4%は「生活が大変苦しい」と回答しています。また頼りになる年金は、物価高のなか、額面では増えているものの、実質減額。今後、年金は2割程度目減りすることが確実視されているなか、年金生活者の生活はますます厳しさを増します。

 

そのような老後のなかで、親の遺産に期待している人も多いでしょう。一方で、今回の久美子さんのような「予定していたはずの遺産が消える」という事態は、老後の生活設計が根底から崩れてしまうわけなので、かなりの痛手。

 

「結局、親の遺産を頼りにしていた私がバカだったんです……」と久美子さん。「信頼して任せた家族に裏切られる」という非常に辛い現実。今後、同じような事案は増えていくことが予想されます。そのようなトラブルを防ぐためにも、まずは遺言書を作成すること。または財産管理を第三者や専門職に委任する仕組みも検討したいところ。何より、「家族だから大丈夫」という前提を疑い、法的な備えを怠らないことが重要です。

 

[参考資料]

裁判所『司法統計』

厚生労働省『令和6年国民生活基礎調査』

e-GOV(横領 刑法第二百五十二条)

e-GOV(親族間の犯罪に関する特例  刑法第二百四十四条)