「地方移住」と聞くと、心惹かれる人も少なくないのでは。都市部の喧騒から離れ、自然に囲まれた環境のなかで、自給自足に近い暮らしをする――老後の生き方として、そんな選択肢に目を向ける人も珍しくないでしょう。しかし都会人にとって、田舎の暮らしは想定外の連続でした。
地獄でした…〈退職金1,800万円〉で始めた夢の田舎暮らし。〈年金月12万円〉の夫婦を襲った「自給自足の現実」と絶望の日々 (※写真はイメージです/PIXTA)

東京から長野へ…憧れの田舎暮らしの現実

60歳で定年を迎えた片山亮さん(仮名)は、都内の中堅メーカーで長年勤めてきたサラリーマンでした。退職金として手にしたのは、1,800万円。さらに年金の繰り上げを選択し、月々12万円を手にするようになりました。65歳から年金を受け取っていれば月18万円ほどを手にできましたが、減額されても年金受給にこだわったのは2歳下の妻との「田舎暮らし」。定年後のセカンドライフをどう生きるか――何度も話し合った末、若いころから憧れていた地方移住を決意したのです。

 

「収入がゼロになることは不安で、地方移住は諦めていたかもしれない。60歳から年金がもらえるから、安心して移住ができたんです」

 

結婚して以来、賃貸マンション暮らし。「遊び盛りの子どもたちを育てるなら、持ち家のほうが楽だったかもしれない」と笑う片山さん。しかし、年を重ねても東京で暮らし続けるイメージがわかず、マイホーム購入に踏み切れなかったといいます。

 

「振り返ると、頭の片隅には常に田舎暮らしへの憧れがあったんだと思います」

 

移住先に選んだのは、長野県の山間部。価格は何と200万円。もちろん広大な土地付きです。購入のポイントは、居間中央にある囲炉裏でした。手続きやリノベーションに合計1,000万円を費やしましたが、「東京でマイホームを実現することを考えたら。広い土地があり、自給自足に近い生活ができるなら安いもんです」と興奮気味に話してくれました。

 

【60代の移住希望先ランキング】

1位「静岡県」9.5%

2位「群馬県」7.3%

3位「長野県」6.1%

4位「栃木県」5.5%

5位「千葉県」5.1%

出所:認定NPO法人ふるさと回帰支援センター『2024年 移住希望地ランキング 1位:群馬県 2位:静岡県 3位:栃木県』

 

地方移住を決めたときから、家庭菜園に関する本を何十冊も読みあさったり、移住フェアに参加したりと、積極的に準備を進めてきた片山さん夫婦。長野に引っ越してきてからは、夫婦で協力して畑を耕し、ニワトリを飼い始めました。「採れたての卵でつくる卵かけご飯。初めて食べたときの衝撃が忘れられません」

 

しかし野菜づくりは簡単ではありません。農業経験のない片山さん夫妻は、土地の性質や季節ごとの管理に戸惑い、種をまいても芽が出ず、雑草の管理も追いつかない日々。さらにイノシシに種を植えたばかりの畑を荒らされ絶望。「育てれば食べられる」という甘い見通しはすぐに崩れ、スーパーで食材を買う日々が続きました。

 

「自給自足なんて、無理な話なのかな――」