高齢の親を思う気持ちと、自分や家族の生活を守る責任。その両立は想像以上に難しい現実と向き合うことになります。誰もが迎えるかもしれない「そのとき」、どんな決断しますか?
私には無理でした…月収50万円・52歳サラリーマン「東京と地元の二重生活」に限界。年金月8万円・80歳母に涙声で告げた残酷 (※写真はイメージです/PIXTA)

母の気持ちと向き合った末の決断

転機は、母の火の不始末が原因で、キッチンの一部が焦げる事故が起きたことでした。幸い大事には至りませんでしたが、もし大事に至っていたら──そう考えると、大輔さんのなかで何かが変わりました。

 

母には申し訳ないが、命の安全を最優先する必要がある。そう思った大輔さんは、改めて介護施設のパンフレットを持って実家を訪れました。

 

「お願いだから、一度だけ見に行ってほしい」

 

しかし、千代子さんの反応は変わりませんでした。

 

「お父さん(千代子さんの亡くなった夫)がいる家を離れたくない。ここを離れるなら死んだほうがましだ」

 

母の強い気持ちに触れ、涙がこみ上げてきたという大輔さん。親子3人で暮らした幸せな日々を思い出していたのです。そんな思い出を母は何よりも大切にしている──。何とも親不孝なことをしているのかと、情けなくなったという大輔さん。けれど、これ以上の二重生活は、いずれ自分が倒れてしまう。大輔さんは、深く頭を下げながら、母にこう告げました。

 

「母さんを一人にはできない。でも、俺も限界なんだ。だから、ショートステイから始めてみよう」

 

話しているうちに、さまざまな感情が入り乱れ、涙声になってしまったと大輔さん。ずっと家にいたいという千代子さんには残酷なことだと思いつつ、もう限界でした。少しずつ施設に慣れてもらい、最終的には入居を目指す──長い長い説得の末、折れる形になった千代子さん。現在、週に3日だけ施設に通い、残りの日は自宅で過ごしています。最初は不安そうだったものの、最近では「スタッフのみなさんはみな優しくてね」と笑うことも増えてきたそうです。

 

大輔さんも、月に数回は在宅勤務を活用しながら、心身のバランスを取り戻しつつあります。妻や息子とも、ようやく会話が戻ってきました。

 

「母の思いに全面的に寄り添うことは、私には無理でした。最初は親を施設に預けることに抵抗を感じていましたが、それは“逃げ”ではなく、“選択”だったんだと思います」

 

介護の答えはひとつではありません。しかし、家族だけで抱え込むことで共倒れになる危険もあるのです。支援を受けることで、本人の安全も、家族の生活も、少しずつ守れるのかもしれません。

 

[参考資料]

総務省『令和3年社会生活基礎調査』