老後に必要なのはお金です。しかし、夫婦の価値観のズレは、そのまま生活設計のズレにつながることもあります。年金生活に入った佐藤さん夫婦の、家計をめぐる「静かな攻防」。その行方はどうなるのでしょうか。
GWは海外クルーズなんてどうだ〈年金夫婦で月23万円〉〈退職金1,800万円〉定年夫の能天気に、65歳妻が思わず激怒「ふざけるな!」 (※写真はイメージです/PIXTA)

夫の楽観的な計画に思わず怒号

克典さんは3月に65歳を迎え、会社を退職しました。いつもであれば、国内旅行に出かけるのが恒例行事でした。しかし、ニュースではインバウンドによる宿泊料金の高騰が頻繁に報じられていました。観光地はどこも大混雑が予想される、という話題ばかりだったのです。美代子さんは「今年のゴールデンウィークは家でゆっくり過ごしましょう」と克典さんにもちかけました。それは、恒例の旅行を取りやめ、余計な出費を抑えたいという考えからでした。

 

そんな矢先、克典さんが突然、「ゴールデンウィークは海外クルーズはどうだ? エーゲ海とか、アドリア海とか。『いつか行きたいね』と話していただろう」と言い出したのです。

 

「海外ですって? どれだけ円安か、ご存じですか? それに、これからの生活を考えたら、そんな余裕があるわけないでしょう!」 思わず声を荒げてしまった美代子さんでしたが、克典さんはいたって冷静な様子でした。

 

「退職金の一部を使うつもりだよ。せっかく今まで頑張ってきたんだし、一度くらい贅沢してもいいだろう?」

 

克典さんの老後に対する考え方は、美代子さんと真逆でした。老後を「守るべき期間」ではなく、「楽しむべき時間」として捉えたもの。「私はこれまでずっと頑張ってきた。美代子だって、私をずっと支えてきてくれた。だから、これからはずっと節約ばかりではつまらないでしょう。年金もあるし、退職金もある。必要以上に貯め込んでも仕方がないのではないか」

 

確かに、老後資金に関する情報はさまざまなものがあり、どれを信じれば良いのか分かりにくい状況です。中でも注目を集めたのが、2019年に話題となった「老後資金2,000万円問題」です。先の家計調査を用いた試算によると、老後30年間で年金以外の収入が2,000万円不足するというものでした。しかし、家計調査の結果は毎年変動します。昨年の調査結果を同じ方法で算出すると、不足額は約1,200万円となります。そこには800万円程度の差が生じています。これはあくまで統計を用いた一例に過ぎず、すべての家庭に当てはまるものではありません。

 

それでも、美代子さんの不安は消えませんでした。収入が限られるなかで退職金を取り崩す行為は、「未来を削っている」ように感じたのです。

 

結局、今年のゴールデンウィークに海外クルーズへ行くのは見送ることにした佐藤さん夫婦でした。ただし、完全に取りやめたわけではなく、延期という形になりました。美代子さんは「夫が言い出したのは、ゴールデンウィークまで1ヵ月半ほど前のことでした。海外クルーズに行くには急すぎます。もっと計画を練って、納得できる旅にできそうなら、多少は退職金を取り崩してもいいのかもしれない」と美代子さん。「老後を楽しむ」という夫の考えを否定するのではなく、バランスをとることが大切と悟ったといいます。

 

2024年の日本人の平均寿命は、男性が81.09歳、女性が87.14歳です。年金を受け取るようになってから、20年以上も老後が続くことも珍しくありません。その間、万一の備えも必要ですが、「その間をどう生きるか」もまた重要な視点です。無計画な支出は危険ですが、夫婦が互いの価値観や不安を共有し、「どう暮らしたいか」をすり合わせることが、将来の安心につながるといえるでしょう。

 

[参考資料]

総務省『家計調査 家計収支編(2024年)』

総務省『2020年基準 消費者物価指数 全国 2024年(令和6年)平均』