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老後資金にも手を出そうして…夫婦仲に亀裂
さらに水野さんを大きな出来事が襲います。それは「熟年離婚」でした。事業が思うようにいかなくなった頃、退職金だけでは経営が立ち行かなくなり、老後資金として貯めてきた貯金に手をつけることを妻に打診しました。「もうあなたにはついていけない。このままでは私の老後まで崩壊してしまう」と、夫婦関係に亀裂が入りました。夫婦の老後よりも自分の夢を優先する姿勢を見せたため、水野さんへの信頼はがた落ち。一度崩れた信頼を取り戻すことは難しく、最終的には離婚に至ったのです。
厚生労働省の人口動態統計(2022年)によれば、同居期間が20年以上の夫婦の離婚割合は21.7%。これは、離婚する夫婦のおよそ5組に1組は熟年離婚であることを示しています。かつては「添い遂げること」が当たり前だった夫婦の間でも、定年後の時間の使い方や価値観のズレが浮き彫りになるケースが少なくありません。
離婚によって住居を出ることになった水野さんは、駅から徒歩圏内のワンルームに転居しました。独立から5年が経ち、年金の受給も始まり、現在の受給額は月18万円。生活費や家賃を差し引けば、自由に使えるお金はごくわずかです。外食や趣味にお金を使う余裕もなく、食事は手軽なコンビニ弁当で済ませる日々が続いています。
60代も後半に差し掛かり、いつも『色々なところが痛い』という状況に、老いを感じるそうです。「もし起業前に戻れるなら戻りますか?」との問いには、黙り込んでしまいました。好きなことを叶えたものの、老後の生活については「こんなはずではなかった」という思いが強いといいます。
「住む家も、家族も失った。夢を叶えたものの、犠牲はあまりに大きかった――今になって痛いほど身に染みています」
退職後の人生をどう生きるか――高齢化が進むなか、多くの人が直面する大きなテーマです。平均寿命は延び、60代以降の生活は20年も30年にも及ぶことがあります。老後を安心して過ごすためには、資産運用や年金計画に加えて、収支の見通しと生活スタイルの再設計が欠かせません。
定年後の起業や自営業を目指す場合も、「老後のライフプランとの整合性」が何よりも重要です。退職金があるからといって、すぐに投資や起業に踏み切るのではなく、まずは生活基盤を安定させることを優先。何よりも家族とのコミュニケーションも欠かせません。事業への挑戦に対して、パートナーがどのように感じているのか、生活への影響をどう考えるかを事前にすり合わせておく必要があります。
定年後の生活において最も重要なのは、「夢を持つこと」「夢を叶えること」ではなく、「その夢をいかに現実に落とし込むか」という視点なのかもしれません。
[参考資料]
株式会社アントレ『【2024上半期まとめ】23年の新設法人が15万人!シニア層に起業拡大 アントレ独自調査でもシニアが活況、50代の会員率が過去最多を更新』 厚生労働省『人口動態』