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「定年後の起業」がもたらす厳しい現実
60歳の定年を迎えた水野徹さん(仮名・65歳)は、いわゆる「普通のサラリーマン」でした。長年勤めたメーカーを定年退職し、手元には退職金2,200万円と、妻がコツコツと貯めてくれた貯金が2,500万円。人生後半の備えとしては十分な金額のようにも思えます。しかし、水野さんの現在の生活は、駅前のワンルームでひとり、週に何度もコンビニ弁当で食事を済ませるという寂しいものです。
元々は郊外に広い戸建てを建て、家族と穏やかな日々を送っていました。生活が一転してしまった理由は、定年と同時に水野さんが起業したことにあります。
株式会社アントレによると、2023年の新設法人は約15万社。個人事業主と法人の割合を見ると、個人事業主が85.2%を占めています。年齢別では「50代」が35.0%と最多で、続いて「40代」が29.6%、「30代」が16.0%です。「60代」も15.9%となっており、定年後の再スタートは珍しいものではありません。
しかし、その道のりは決して平坦ではありません。東京商工リサーチによれば、個人事業主として独立しても、3年以内に廃業する割合はおよそ50%に上ります。経験や人脈、販路の確保といったビジネス基盤を欠いたまま独立すれば、資金が尽きるのも時間の問題となりかねません。
水野さんも、起業を志した当初は、そのリスクを十分に理解しているつもりでした。周囲からの「第二の人生は自分のために使うべき」「せっかくの退職金を生かしてみては」といった声に背中を押され、60歳で念願の飲食店をオープン。しかし、飲食業は競争が激しく、また物価や光熱費の高騰も重なり、経営は厳しいものでした。事業計画からは大きく乖離していき、その結果、退職金はほぼ全額を使い果たしてしまったのです。
「退職金は自分の第2の夢のために使わせてほしい――これは長年、妻にいってきた言葉です。そのため、妻は老後に心配のないようにと貯金を進めてくれました。だから多少のリスクがあってもチャレンジできたのですが……」