(※写真はイメージです/PIXTA)
見えなかった「孤独」と「違和感」
次第に、ふたりはその生活にある種の「空白」を感じ始めます。朝起きて、決まった時間に決まった食事をとり、ロビーで過ごすか、各自の部屋で読書やテレビ鑑賞。気がつけば、毎日が単調に過ぎていきました。施設から最寄り駅へは徒歩で行くには遠すぎる距離。外出といっても施設の周囲を散歩する程度で、しかも見渡す限り、森と田畑が広がっているようなロケーション。確かに環境はいいのですが、刺激がありません。施設に入居する前はアクセスのよい郊外に住んでいたため、気が向いたときに都心にショッピングに出かけたり、外食を楽しんだり。それなりに都会暮らしを満喫していましたが、ここでは到底無理な話でした。毎日が施設内で完結してしまうことに、息苦しさを感じるようになったのです。
さらに、思いがけず大きかったのが、人間関係の壁です。入居者の多くは地元の名士や企業経営者、医師など、いわば「地元の顔役」的な人たちでした。談話室で交わされる会話は地元の昔話や知人の話、自慢話が中心。どこかマウントを取り合っているようにみえました。違う地域から引っ越してきた小山夫妻にはついていけない内容ばかりで、自然と距離ができてしまいました。
「静かな環境は魅力的でしたが、それだけでは満たされないものがありました」と弘子さんは話します。自宅では近所づきあいや買い物先での立ち話など、ちょっとした人との交流が日常に存在していたのです。施設での生活が3ヵ月を過ぎたころ、小山夫妻は再び話し合いを重ねました。そして、「このままずっとここにいるのは違う」との結論に至ります。幸いだったのは、入居に際してすぐに自宅を売却していなかったことでした。周囲からは「高級施設に入るなら自宅は手放すのが普通」と助言されましたが、勝さんの「様子をみてから考えよう」という判断が功を奏しました。
ふたりは自宅に戻り、改めて「本当に自分たちに合う場所」を探すことにしました。今度は豪華さや人気ではなく、自分たちの生活スタイルに合った施設を重視しようと考えています。
実はこのような「高齢者の住み替え」は、今、全国的に増加傾向にあります。内閣府『令和5年度 高齢社会に関する意識調査』によると、高齢者の約3割が「住み替えに対して前向き」であると回答。その理由として「健康・体力面への不安」や「自身の住まいの住みにくさ」、「自然環境などのへの憧れ」などが多く挙げられています。
小山夫妻のように、一度理想を追い求めてみたものの、実際に体験してみて「本当に必要だったのはこれではなかった」と気づくケースも、今後さらに増えていくかもしれません。
「正直いって後悔しています。3ヵ月ほどで退去する決断をしましたが、それでも入居金は全額返ってきません。もったいないことをしました」
現在、ふたりは身近な場所で、もう少し気軽に人と関われる小規模な住宅型有料老人ホームを見学しています。「高級かどうかではなく、自分たちにとって心地いい場所で最期を迎えたい」と語ります。
[参考資料]
内閣府『令和5年度 高齢社会に関する意識調査』