認定NPO法人「キッズドア」が24年10~11月に実施した調査によると、母子家庭を含む1,160世帯のうち、受験費用の準備手段として「借入れ」と回答した世帯が6割を超えたことが明らかになったという。こうした家庭の状況によって、進学を諦めざるを得ないケースは多い。本記事では、Aさんの事例とともに、都心での就学を希望する地方の若者が抱える経済的・心理的な負担について、アクティブアンドカンパニー代表の大野順也氏が解説する。
これで黙ってくれるなら…上京した九州地方出身・25歳大卒の長女が、両親への「仕送り月3万円」を激しく後悔したワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

奨学金返済と仕送りの二重負担に苦しむAさん

大学卒業後、IT業界へ就職。他業界と比較しても初任給は高いほうで、地元の女性の平均的な初任給と比較すると6万円ほど高かった。しかし、両親へ就職を報告した途端、「給料はいくらなのか」「ボーナスはどれくらい出るのか」と、都心での生活状況を知らない両親は収入の話ばかり。

 

さらに、「遊びにお金を使うようになるのは危険だから」「東京で贅沢しているのではないか」と、あたかも浪費しているかのように決めつけられた。給料が地元より高いことを理由に、実家が仕送りを求めているのは明らかだった。Aさんは最初こそ拒否したが、毎日のように続く連絡に耐えきれず、「お金を渡せば黙ってくれるなら」と、月3万円の仕送りをすることに決めた。

 

しかし、新卒1年目の10月から始まった奨学金の返済額は約2万3,000円。仕送りと合わせると毎月5万円以上が消え、生活費を削らざるを得ない状況に陥った。生活費を削らざるを得ない結果となったことから、奨学金を借りて大学へ進学したにもかかわらず、経済的・心理的な自立が難しく、将来への不安が増した。本末転倒である。

 

こうした生活を2年続けたAさんは、少しでも給料を上げたいと考え、資格取得のための勉強代にさらなる支出が増え、オーバーワークに近い状態に。現在もとにかく目の前の仕事と勉強に追われる日々を過ごしている。

 

Aさんは「あのとき安易に仕送りを承諾したことを後悔しています。月3万円の負担が減るだけでどれだけ楽になるか。連絡を無視すればいいという人もいますけど、親だから。やっぱり突き放すことはできないんです」と苦しい胸の内を語る。

 

このように奨学金を借りて大学へ進学、そして就職したはよいものの、奨学金返済があるにも関わらず、実家からの都心での生活に対する過度な心配や、結婚や出産に対する過度な期待、帰郷の強要などとも向き合うケースも多い。

奨学金返済は個人の問題ではなく社会全体の課題

Aさんのように、家庭の事情で進学費用の支援を受けられず、奨学金に頼らざるを得ない学生は多い。現在、大学生の約3人に1人が奨学金を利用しており、卒業時には平均313万円もの返済を抱える。そのため、

 

・返済のために生活費を削り、健康を損なう

・ブラック企業でも辞められず、心身を壊して退職せざるを得ない

・結婚や出産などのライフステージの変化に消極的になる

・奨学金の返済を考えて、進学自体を諦める


といった深刻な問題が生じている。当然、抜本的な問題は家庭にある。そのようななかで、個人の努力だけでは解決できない問題を抱える若者のため、奨学金の返済を社会全体で支援する方法がある。

 

日本には奨学金の貸与に関する支援策はいくつかあるが、現役で返済を続ける人への直接的なサポートはほとんどない。一方、企業にとっても、優秀な人材の採用や定着は重要な経営課題である。そこで注目されるのが「奨学金代理返還制度」だ。この制度は、企業が従業員の奨学金を肩代わりして返済する仕組みであり、以下のようなメリットがある。

 

・従業員の経済的負担を軽減することで、離職率の低下につながる

・魅力的な福利厚生をアピールすることで、人材の確保につながる

・社会貢献性の高い活動であると評価され、企業ブランディングに寄与する

 

奨学金返済を自己責任とするのではなく、社会全体で支えていくことが求められる。民間企業も人材育成の責任を果たしながら、自社の成長につなげるために、奨学金の代理返還制度の導入を積極的に検討すべきではないだろうか。
 

 

大野 順也

アクティブアンドカンパニー 代表取締役社長

奨学金バンク創設者