
夢と現実の狭間で
Aさんは高校時代、強豪校でサッカーに打ち込んでいた。しかし、高校2年生で負った怪我をきっかけに選手を支える仕事に興味を持つ。トレーナーを目指せる専門学校へ進学したいと両親に伝えると、母からは「あんたはせっかく勉強ができるんだから、もっと選択肢を広げなさいよ」と反対された。父も同意見のようだった。将来の選択肢と自身の夢を天秤にかけた末、Aさんは大学進学を決意した。
奨学金という名の重圧
「トレーナーの仕事は、社会に出てからでも学べる」と考え、両親の勧めで奨学金を借りて有名私立大学へ進学したAさん。当時は、大学卒業という目標を達成することが最優先であり、奨学金を借りることへの迷いはなかった。しかし、この選択が後にAさんを苦しめることになる。
大学4年になり、就職活動を始めたAさんは、奨学金返済を考慮し、インセンティブ制度のある営業職を志望した。内定先は体育会系の企業で、飛び込み営業やテレアポをひたすら行う日々。必死に業務に取り組むも、同期に成績で後れを取ったり、顧客から門前払いを食らったりと、体力的にも精神的にも疲弊してゆく。
キャリアの岐路
30歳手前になり、大学時代の友人たちがキャリアアップのために転職したり、昇格してマネージャーになったりする姿を見て、Aさんは自身のキャリアについて改めて考えるようになった。そして、高校時代に抱いていたトレーナーの夢を諦めきれず、学び直すならいましかないと決意。理学療法士を目指し、専門学校への再進学を決意した。
追加の奨学金、終わりの見えない返済
専門学校の入学金と1年目の学費は合計約200万円、3年間で総額500万円以上必要だった。当時のAさんの貯蓄では賄いきれず、追加で月1万2,000円の奨学金を借りることにした。無事に理学療法士の資格を取得し、専門学校を卒業したAさんは現在35歳。プロチームのスポーツトレーナーを目指し、スポーツリハビリに特化したクリニックでリハビリ業務全般を担当している。年収は350万円だ。
専門学校在学中は大学時代の奨学金返済が免除されていたが、卒業後、大学時代の奨学金と専門学校で借りた奨学金の両方の返済が始まった。返済額は、合計で1ヵ月あたり約2万5,000円にのぼる。
自分で選んだ仕事にはやりがいを感じているものの、年収350万円では奨学金返済は非常に厳しい。Aさんは生活を支えるために、建築現場のアシスタントや引越しスタッフなどの高単価な派遣業務を掛け持ちし、休みなく働いている。さらに、高齢になった両親の病気や介護のことも考えなければならず、貯蓄がない現実に絶望している。
「過去の決断が誤りだったのか」と、考えの甘さに猛烈な後悔を感じたAさん。「このまま好きなことだけを突き詰めていていいのだろうか」と、自分の選択が正しかったのか、確信が持てなくなっている。