
3.少数与党で様変わりした予算編成過程
今回の予算編成では、自民党、公明党が少数与党に転落した影響も見逃せない。2024年10月の総選挙で自民党、公明党が過半数を失ったことで、国民民主党と日本維新の会(以下、維新)がキャスティングボートを握ることになった。
このうち、国民民主党とは「103万円の壁」の解消が焦点となった。個人所得課税では、収入や所得から一定額を差し引ける控除の仕組みがあり、給与を受けている人は基礎控除(48万円)、給与所得控除(55万円)を合わせた103万円を年収が超えた場合、課税が発生する。
さらに、19~22歳の被扶養者(主に大学生)については、扶養する親などの税負担を軽減するため、「特定扶養控除」という仕組みがあり、大学生などのアルバイトの年収が103万円を超えると、扶養する親などの手取りが減るため、収入や勤務時間を調整する必要に迫られる。つまり、課税または非課税を線引きする基準(いわゆる「壁」)の引き上げが焦点になったわけだ※5。
具体的には、自民、公明、国民民主の3党協議に際して、国民民主は「178万円」の引き上げを主張。3党は一旦、「178万円を目指して来年から引き上げる」という合意文を交わしたが、そのあとに自民、公明両党は「123万円」への引き上げ案を提示したため、反発した国民民主が協議を打ち切る一幕もあった。
結局、2024年12月に決まった与党税制改正大綱では、生活必需品の物価上昇傾向を考慮し、2025年1月以降、一般的な収入の人の基礎控除を現行の48万円から58万円に、給与所得控除の最低保障額を55万円から65万円に、それぞれ10万円引き上げる方針が盛り込まれた。
つまり、壁が103万円から123万円に引き上げられることになった。一方、地方税の住民税に関しては、給与所得控除の最低保障額を10万円引き上げて65万円とするが、大幅な税収減に対する懸念が自治体から示されたため、基礎控除は据え置かれることになった。
このほか、大学生などの「壁」については、上限が123万円に引き上げられるとともに、それを超える分は「特定親族特別控除(仮称)」という枠組みを新設。2つを組み合わせれば、「壁」の上限を150万円とする方針も示された。自民党税制調査会の宮沢洋一会長は所得税の「年収の壁」是正による減収について、年6,000億~7,000億円という見通しを明らかにしている※6。
ただ、今の政府・与党案が実現するかどうか微妙な情勢だ。自民党、公明党、国民民主党が2024年12月に交わした合意文では、
1.いわゆる「103万円の壁」は、国民民主党の主張する178万円を目指して、来年から引き上げる
2.いわゆる「ガソリンの暫定税率」は、廃止するという方針の下、「関係者間で誠実に協議する」
と規定されており、揮発油税の上乗せ税率※7も協議の対象に挙げ、「103万円の壁」の一層の引き上げに言及している。
さらに、与党税制改正大綱でも3党協議を踏まえ、「具体的な実施方法等については、引き続き関係者間で誠実に協議を進める」と書かれており、今後の修正協議に含みを持たせた表現となっている。
一方、与党は国民民主との協議と並行する形で、教育無償化に関して、維新とも協議した。結局、自民、公明、維新の3党は教育無償化に関する協議体を設置する方針で一致し、維新は2024年度補正予算の賛成に回った。
これを受け、2024年12月の与党予算編成大綱では、「教育無償化を求める声があることも念頭に、授業料等減免及び給付型奨学金について、多子世帯の学生等に対する授業料等減免を拡大する」という方針が盛り込まれたほか、2025年当初予算案でも必要な予算額が計上された。このほか、自民、公明両党と維新は2025年1月以降、高校の無償化に関して、実務者による協議を本格化させている。
さらに、2024年度補正予算の審議では、立憲民主党の意見を反映する形で、2024年1月に起きた能登半島地震の復旧・復興のため、予備費から1,000億円を充てることになり、政府案が修正された。
このように他党の意見が予算編成や税制改正で反映されるのは、自民党、公明党で圧倒的な議席数を有していた近年には見られなかった傾向であり、極めて異例と言える。少数与党での国会審議の影響は後半に詳しく述べたい。
※5 これ以外でも就業調整に繋がる「壁」は数多く存在する。たとえば、社会保険料の扶養家族に入るかどうかの線引きとして、「106万円」「130万円」の線引きが問題視されている、このうち、前者では51人以上の企業に勤めるパート従業員の場合、年収が106万円に達すると、社会保険に加入する義務が生じる。厚生労働省は賃金要件や規模要件の段階的な縮小・廃止を検討しており、2025年通常国会に関連法改正案が提出される。
※6 2024年12月20日『日本経済新聞電子版』。
※7 揮発油税(ガソリン税)の暫定税率については、道路に使途を限定する道路特定財源の下、本来よりも税率を上乗せする特例が1974年から続いていたが、道路特定財源の無駄遣いなどが批判されたことで、2009年度から一般財源化された。一方、税率の上乗せ分は「当分の間税率」として維持されている。
4.石破カラーの事業は?
今回の予算編成は2024年10月に発足した石破茂内閣にとって、政権のカラーを出せる初めての機会となり、その一つとして、「地方創生」に関わる交付金が拡充された。
元々、地方創生は政権の重点施策とされており、2024年11月に初会合が開かれた「新しい地方経済・生活環境創生本部」で、石破首相は安倍晋三政権期に初代地方創生担当相に就任した経験を引き合いに出しつつ、「これまでの10年間の成果と反省をいかさなくてはなりません」と発言。
そのうえで、企業、自治体、大学、金融、労働、メディアの「産官学金労言」の連携による地域活性化の必要性を強調した※8。同年に閣議決定された経済対策でも、「産官学金労言から成る地域のステークホルダーが知恵を出し合い合意形成に努めるなど、地域の希望・熱量・一体感を取り戻す形で、新たな地方創生施策(「地方創生2.0」)を展開する」という文言が示された。
これを踏まえ、2024年度補正予算では「新しい地方経済・生活環境創生交付金」という名称の自治体向け財政制度が1,000億円計上された。さらに、2025年度当初予算案でも同じ名称の予算が計上されるとともに、関係予算が倍増された※9。
さらに、防災対策も政権の重点施策として位置付けられており、「専任の大臣を置き、十分な数の災害対応のエキスパートをそろえた、『本気の事前防災』のための組織が必要」という考え方の下、2026年度中に「防災庁」を設置する考えが表明されている※10。
これを受け、2024年度補正予算と2025年度当初予算案では、能登半島地震の対応を踏まえつつ、既述した「新しい地方経済・生活環境創生交付金」も活用する形で、▽災害時に活用できるキッチンカーなどの登録制度の創設、▽地域で活躍できる防災ボランティアの育成の充実などの経費が計上された。
このほか、2025年度当初予算案では、防災庁の設置に向けた準備経費に加えて、事前防災に繋がる関係省庁と自治体の連携などを図るため、「事前防災対策総合推進費」(17億円)も新規事業として計上された。
※8 2024年11月8日、新しい地方経済・生活環境創生本部議事要旨を参照。
※9 岸田文雄内閣ではデジタル化を通じて地域振興を図る「デジタル田園都市」が重視され、そのための支援制度である「デジタル田園都市国家構想交付金」(1,000億円)が2024年度当初予算で計上されていた。
※10 2024年11月1日、防災庁設置準備室発足式における発言。
5.教職調整額での攻防
社会保障関係予算以外では、「教職調整額」の引き上げを巡って攻防が交わされたので、概要を取り上げる。これは勤務時間の多寡にかかわらず、教員の給料について、月額の4%分を自動的に上乗せする制度。少し奇怪に映る制度を理解する上では、教育制度の戦後史を踏まえる必要がある※11。
戦後、教員の給与は他の公務員よりも10%ほど高く設定されたため、超過勤務に対する手当(いわゆる残業手当)は支給されない状態が続いた。その後、他の地方公務員の給与が改定されるなかで、10%の優遇措置も薄れ、日本教職員組合を中心とする訴訟が1960年代から頻発した。
そこで、文部省(現文部科学省)は超過勤務手当の導入を目指したが、自民党内部で「教員は聖職であり、労働者に当たらない。このため、超過勤務手当は不要」という意見が強まった。結局、人事院勧告や労働基準法とは別枠の特例的な措置として1972年1月から教職調整額がスタートし、現在に至っている。
2025年度当初予算案の編成では、他の産業の賃金上昇で人材確保が難しくなっているとして、文部科学省は教職調整額を4%から13%に引き上げるように要望。財務省との調整が難航したが、最終的に「2030年度までに10%に引き上げ」「2025年度は5%に引き上げ。以後は確実に引き上げる」といった方向性で一致した。さらに、公立小中学校教員の給与費の3分の2と公立高校教員の給与費の全額は自治体負担であり、地方交付税でも手当が講じられた。
なお、教職調整額を10%に引き上げた際、平年度化した国・地方の財政負担は義務教育で2,778億円、高等学校で941億円と見られている。
※11 竹内健太(2024)「教員の働き方や処遇をどのように改善していくか」『立法と調査』471号、山崎政人(1986)『自民党と教育政策』岩波新書などを参照。
6.物価上昇への対応
物価上昇も一つの論点になった。先に触れた「103万円の壁」や教職調整額の引き上げも物価上昇への対応という側面を持っていたが、それ以外でもさまざまな手立てが打たれた。
具体的には、公務員の給与については、人事院が2024年8月、民間企業の賃上げに伴って官民格差が生まれているとして、月例給を平均1万1,183円、ボーナスを0.1カ月分、引き上げるように勧告しており、これに沿った対応策が取られた。さらに、生活保護の生活扶助基準も2025~2026年度の対応として、月1,500円の引き上げが決まった。
自治体の財源保障機能を持つ地方交付税でも物価高への対応が意識され、2025年度当初予算案では施設の光熱費高騰や委託料の上昇に対応する経費として1,000億円が計上され、対前年度当初比で300億円増えた。
このほか、2024年度補正予算でも物価上昇への対応策が盛り込まれた。このうち、内閣府が所管する自治体向け予算の「物価高騰対応重点支援地方創生臨時交付金」(約1兆7,351億円)では、医療・介護・保育、学校に対する支援が「推奨事業メニュー」の1つに例示されており、日本医師会の松本吉郎会長は同交付金の配分額を決定する都道府県に対し、「ぜひ医療機関の経営の厳しさをご理解いただきたい」と訴えている※12。
一方、厚生労働省の2024年度補正予算でも「人口減少や医療機関の経営状況の急変に対応する緊急的な支援パッケージ」として、支援費が確保された。予算制度は3つに分かれており、生産性向上に繋がる設備投資などに充当できる仕組みは2024年度報酬改定※13の延長線で創設された。
具体的には、2024年度改定で創設された「ベースアップ評価料」を算定している医療機関などを対象に、生産性向上に繋がる設備などを導入した場合、全額国費で助成する制度が創設された。
残りの2つのうち、1つは人口減少や医療需要の減少を踏まえて、病床を削減する医療機関を支援したり、物価上昇で救急などの施設整備が困難になったりしている医療機関を助成する。最後の1つは周産期医療や小児医療を確保する医療機関を支援する事業であり、3つを合わせた予算規模は1,311億円。
介護に関しても、2024年度改定で簡素化された「介護職員等処遇改善加算」を取得している事業所向け助成制度として806億円が計上されており、業務の棚卸しなどを実施することを要件に、人件費に充当できると説明されている※14。
※12 2024年12月24日『m3.com』配信のインタビュー記事を参照。
※13 2024年度改定のうち、賃上げに関わる部分は2024年6月12日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(上)」を参照。
※14 このほか、少ない人数でも現場が回る体制整備や職場環境改善に努める「生産性向上」に関わる予算としても、ロボットの導入や大規模化などに取り組む事業者を支援する「介護テクノロジー導入・協働化等支援事業」が設けられた。予算額は200億円。生産性向上は2024年度介護報酬改定の焦点となった。詳細については、2024年5月23日拙稿「介護の『生産性向上』を巡る論点と今後の展望」を参照。