
社会保障関係予算の主な内容(2)~高齢福祉分野~
1.認知症関係
高齢福祉分野では、2024年1月に施行された「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(以下、認知症基本法)の関係事業が目を引く。
同法では、認知症の人が尊厳を持って暮らせるようにするための国や自治体の責務などが規定されている※24ほか、同法に基づいて同年12月に決まった「認知症施策推進基本計画」(以下、基本計画)では「認知症になったらなにもできなくなるわけではない」「認知症になっても希望をもって自分らしく暮らし続けることができる」といった「新しい認知症観」の下、国や自治体の責務や施策の方向性が定められている。
しかし、基本法や基本計画では施策の方向性が定められているに過ぎず、認知症の人や家族の意見を反映しつつ、その理念を地域社会に浸透させる上では、自治体や企業、なかでも住民の暮らしに身近な市町村の役割が重要になる。このため、基本法では自治体に対し、自治体版の基本計画を策定することを努力義務として定めており、2024年度補正予算と2025年度当初予算案では、計画策定に当たる自治体に対する相談対応や伴走支援に当たるための経費として、それぞれ1億3,000万円と3,000万円が盛り込まれた。
このほか、自治体が認知症施策の展開に使える「認知症総合支援事業」も拡充された。同事業は在宅医療・介護連携推進事業と同じく地域支援事業の1つであり、2025年度当初予算案では、地域の支え合いの形成などに努める「認知症地域支援推進員」を専任で配置する市町村の支援を充実させる見直しが盛り込まれた。
※24 認知症基本法の考え方や内容については、2024年6月25日拙稿「認知症基本法はどこまで社会を変えるか」を参照。
2.訪問介護の支援予算
さらに、人手不足が著しい訪問介護に関するテコ入れ策として、「訪問介護等サービス提供体制確保支援事業」という仕組みが始まることになった。
具体的には、経験年数が短いヘルパーでも安心して従事してもらうため、研修体系の構築や同行支援などが想定されており、2024年度補正予算で90億円が盛り込まれた。2025年度当初予算案でも、消費税収を充当しつつ、都道府県単位に設置されている「地域医療介護総合確保基金」のメニューの1つに位置付けられた。
訪問介護については、以前から慢性的な人材不足の状況にあり、近年の物価上昇の影響を受けている。さらに、2024年度介護報酬改定では基本報酬が引き下げられたことで、経営悪化に拍車が掛かっており、今回の施策に繋がった面があるが、状況が改善するかどうか不透明だ。
社会保障関係予算の主な内容(3)~少子化対策~
1.「次元の異なる対策」実質初年度での対応は?
2025年度当初予算案では、岸田政権が重視した「次元の異なる少子化対策」の関係施策も盛り込まれた。この関係では出生数の減少に対応するための施策として、国・自治体の合計で3.6兆円を投じることが決まり、2024年12月の「こども未来戦略」では男性の育児休暇取得の支援とか、所得制限の撤廃を主な柱とする児童手当の拡充など各種施策が列挙されていた※25。
これに基づき、児童手当の拡充が2024年10月から実施されており、2025年度から平年度ベースになるなど、2025年度は実質的に「次元の異なる少子化対策」が本格実施された年となった。政府の資料では「3.6兆円のうち8割強を実現」と説明されている。
一方、財源に関しては、国民負担を増やさないという方針の下、歳出削減などで対応するとされており、すでに触れたとおり、歳出削減策を盛り込んだ「改革工程」も同月に取りまとめられている。具体的には、既定予算の見直しで、約1.5兆円を賄う一方、残りは歳出削減で確保するとされており、うち1.1兆円は医療保険料に上乗せする「子ども・子育て支援金」で対応するとされていた。
この考え方の下、2025年度当初予算案では、既述した高額療養費の見直しなどを通じて、1,700億円程度の負担軽減を期待できるとされている、さらに、2023年度予算と2024年度予算では、薬価削減などを通じて計3,200億円程度の削減が実現した※26とされており、3カ年合計の費用抑制額は4,900億円程度になると説明されている。
※25 こども未来戦略の内容については、2024年2月1日拙稿「2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(中)」を参照。
※26 65~74歳の前期高齢者の医療費に関する財政調整の見直しでは、2023年改正を通じて、医療費の一部に関する配分方法が変更された。詳細については、2024年7月17日拙稿「全世代社会保障法の成立で何が変わるのか」を参照。
2.少子化対策に関わる新たな施策・事業
少子化対策に関わる新たな施策・事業としては、1歳児に関する保育士の配置を6対1(子ども6人に保育士1人)から5対1(子ども5人に保育士1人)に改善する取り組みとして、処遇改善やデジタル機器の導入などに取り組んでいる事業者を対象に、「1歳児配置改善加算」が創設されることになった。予算額は109億円。
さらに、公定価格上の保育士の給与についても、人事院勧告を踏まえつつ、2024年度補正予算で+10.7%が確保され、2025年度当初案でも必要額が計上された。それぞれ所要額は1,150億円、1,607億円と見込まれている。
このほか、特別な配慮を要する子どもと世帯への支援として、
▽生活に困窮している妊婦への支援に関して、関係機関のネットワーク形成などを目指す「特定妊婦等支援機関ネットワーク形成事業」(1,600万円)
▽発達に特性のある子どもと家族に関する多機関連携を強化する「地域におけるこどもの発達相談と家族支援の機能強化事業」
▽貧困などで支援を要する子どもに対する食事の提供や居場所づくりなどに努める「地域こどもの生活支援強化事業」
などが新規事業として盛り込まれた。
人工呼吸器などを付けて暮らす「医療的ケア児」など特別な配慮を要する子どもに対する健診を充実させるため、市町村向け補助事業も新たに計上された(4,500万円)。
2024年度補正予算でも、
▽過疎地での保育機能を確保するためのモデル事業(2億9,000万円)
▽妊産婦健診を受けにくい地域を対象に、移動に要した経費の一部を助成する事業(1億3,000万円)
▽2024年通常国会で改正された子ども・若者育成支援推進法に基づき、過度に両親などの介護に従事するヤングケアラーの実態調査に取り組む市町村への支援予算
なども盛り込まれた。
なお、「次元の異なる少子化対策」とは別に、税制改正でも少子化対策に関する対応が幾つか講じられた。このうち、児童手当の拡充に関わる見直しとして、2023年12月の与党税制改正大綱では、高校生などを扶養する親の所得税に関する控除額を年38万円から25万円に、個人住民税の控除額を年33万円から12万円に見直す案が示されていた。結局、2024年12月の与党税制改正大綱では現行水準を維持し、2025年以降に結論を得るとされた。
さらに、子育て世帯を対象に、2024年度限りで創設された住宅ローン控除の上乗せ措置や住宅リフォーム税制の拡充措置を2025年度限りで継続する方針が打ち出されたほか、結婚・子育て資金の一括贈与に関する非課税措置の適用期限も2年延長されることになった。このほか、生命保険料の支払額の一部を所得税の課税ベースから差し引く「生命保険料控除」についても、子育て世帯の遺族保障の枠の上限額が4万円から6万円に拡充されることも決まった。