相続対策の有効な手段となる「遺言書」。遺言書作成への関心が高まる今日ですが、遺言書を残したとしてもいざ、相続の場になると、遺された家族が争ってしまうケースは少なくないようで……。遺された家族が最善の選択をするために必要なポイントとは? 本記事では、Aさんの事例とともに遺言書作成における注意点について、株式会社アイポス代表の森拓哉CFPが解説します。
くれぐれも争いのないように…「資産1億6,000万円」90歳・大往生の母が残した“万全”な遺言書。一転、長男が遺言通りに執行しなかったワケ【CFPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

母が残した遺言書の内容

Aさんは、堅実で献身的に尽くすBさんの姿を見て、万が一に備え遺言書を準備していました。長男Bさんに実家を含む不動産を相続させることは自然な流れです。しかし、Aさんの財産は不動産が中心で、その総額は1億円におよぶため、長女Cさんとのバランスや法定相続人の遺留分への配慮も必要でした。

 

Aさんには3,000万円の預貯金があり、さらに保険会社のアドバイスを受けて、長男Bさんを受取人とした3,000万円の生命保険にも加入していました。これにより、遺留分請求や納税資金への備えも十分に整えられていたのです。

 

遺言書の内容は、不動産は長男Bに、預貯金の3分の1をBに、残りの3分の2を長女Cに相続させるというものでした。もしCさんから遺留分の請求があった場合でも、Bさんは保険金を活用できるため、相続対策として万全な内容でした。

 

やがて母Aさんは、同居するBさん家族に見守られながら90歳で天寿を全うしました。遺言書に従い、Bさんは不動産と預貯金の3分の1、さらに生命保険金3,000万円を受け取りました。一方、Cさんは預貯金の3分の2を相続しました。Cさんは、遺留分について知ってはいましたが、請求するのは負担が大きく、また母親の遺言に逆らいたくないという思いもあり、最終的に遺言通りの分割を受け入れました。

 

しかし、Bさんが1億円の不動産と保険金を得たのに対し、自分は預貯金のみという状況に、どこか釈然としない感情が残りました。「お母さん、事情はわかるけれど、これでは差が大きすぎるでしょう。私なりにお母さんのことをサポートしてきたのに……」とCさんは、その場を後にしました。

 

母からの手紙

相続対策としてしっかりと準備されており、とくに争うこともなかったことから、このまま相続しても一見問題はないようにもみえます。しかし、最終的にBさんは遺言書通りに実行しませんでした。実は、遺言書の正本と一緒に母親Aさんからのお手紙が添えられていたのです。

 

これまでの人生であったこと、ご主人が婿入りしてくれた安堵感、その後2人の子宝に恵まれてともに喜んだこと、農家からの不動産経営はいいことばかりではなかったけれどもご先祖様からの愛情のありがたみを感じることができたこと、長男Bさんが実家に戻って来てくれて安堵したこと、そして最後に書かれた言葉には、遺言に込めた思いが綴られていました。

 

「B、C、2人の子供と孫たちに囲まれて幸せな人生でした。2人への愛情への違いはないのですが、実家を守っていくにあたって、財産わけではCさんがどう感じるか気にもなっています。

遺留分への対策が必要とは分かってはいるけれど、どこか2人への愛情に差をつけてしまっているようで、後ろめたい気持ちも抱えています。もちろん実家を引き継いでくれるBへの感謝の想いはありますが、さりとて愛する娘Cへの想いや愛情も同じ子供として変わりません。どうか争いのないようにくれぐれもお願いします」