子を残し家を出た妻の厚かましさに、義姉、絶句
香苗さんが出ていった直後は、「子育てに精神的に追い詰められていた」とか「やはり専業主婦は向いていなかった」とか、周囲は噂話で持ち切りでしたが、話はすごく単純なこと。本当は香苗さん、不倫をしていて、荷物をまとめて出ていったという顛末。
ただ、人のことを悪くいわない太一さん。また子どもたちへの影響を考慮して、本当のことは誰にもいわなかったといいます。
――不倫をして出ていった母親の子ども、なんていわれたら、子どもたちが可哀そうですから
――それに僕が悪いんです。子育ても家事もすべて任せていたから
――息抜きが必要だったんです、彼女には
どこまでも妻のことを理解している姿勢を示す太一さんですが、香苗さん、その姿勢が一層イラついたといいます。
――普通、怒りません? 妻が不倫をしていて、子どもを置いて出て行ったんですよ。それなのに自分から離婚の「り」の字も出さないんです。結局、私のことや子どものことを思っているふりして、他人に興味がないんですよ、あの人
そんな評価も、夫婦ならではでしょうか。ふたりは話し合い、子どもを第一に考え、離婚は子どもたちが成人になるまで待つことになったといいます。そんなふたりに、怒りを覚える人がいました。太一さんの姉の裕子さんです。
――あんたはどこまでお人よしなのよ。子どもを置いて出て行った人となんて、とっとと別れちゃいなさいよ
説教をするも太一さんには響いていない様子。そんな太一さんに不幸が襲います。脳梗塞。一命は取り留めたものの、一時は本当に危険な状態だったといいます。そんな状況のなか、一度も病院に来ない香苗さんに裕子さんの怒りも頂点に達します。「あなた太一の妻でしょ!」と責め立てたものの、「私たち、もう離婚しているようなものですから」とガチャ切り。その態度に憤慨し、離婚するように再び進言しましたが、太一さんは「子どもたちが成人するまでは、僕にも責任があるから」と首を縦に振ることはなかったといいます。
3ヵ月後、退院はできましたが、麻痺が残る状態に。仕事復帰も果たしますが、以前のようにはいきません。さらに子どもたちの面倒もあります。そこで買って出たのが裕子さん。ときにタワマンに住み込みで、太一さんや子どもたちの世話をこなしました。「姉さんには、どんなに感謝をいっても足りないよ」と太一さん。しかし、その半年後、太一さんは脳梗塞を再発。今度は手遅れで、息を引きとりました。
問題はそのあと。太一さんの葬儀の喪主は香苗さんが務めました。面白くないのは、事のすべてを知っている姉の裕子さんです。弟が大変なときに顔を見せず、こんなときは何食わぬ顔して妻として振る舞っている……「神経がどれだけ図太いのか……」と半分、呆れかえったといいます。
さらに香苗さんの行動に唖然とします。遺品の整理や相続などあるからと、葬儀後すぐにタワマンに戻るといい出したのです。
――いまさら、何よ。子どもたちのこともほっぽりだしていたくせに。
――私、太一さんの妻ですし、母親ですし、当然の権利です。お義姉さんこそ、部外者なのに口を挟まないでください
あまりに厚かましく、あまりに非常識。怒りで震えが止まらない裕子さん。「もっとキツくいって、離婚させるべきだった」と後悔しかないといいます。