女性記者に潜入してほしいある業界
私自身は成り行きから潜入取材をはじめた。あとで詳述するが、その当時、参考にしたのは、鎌田慧が書いた『自動車絶望工場』。トヨタ自動車の組み立て工場への潜入記だ。
その本を何度も読みながら、アマゾンの物流センターで働き、『潜入ルポ アマゾン・ドット・コムの光と影』を書いたのは20年ほど前のこと。
その直前に書いた本で取材費を使い果たし、手元不如意となっていた。ノンフィクションの本は書きたいが、取材費はない。
アマゾンで時給をもらいながら、本が書けるのならそれもありか、と思って手探りではじめた。もちろん、ノウハウもなければ、問い合わせる伝手も持ち合わせていなかった。
その後、宅配業界を取材するとき、ヤマト運輸と佐川急便に潜入取材した。名誉毀損裁判の後で、ユニクロから取材拒否をされたため、名前を変えてユニクロでも1年働いた。
国内だけではない。アメリカの大統領選では、トランプ陣営のボランティアとして働き『「トランプ信者」潜入一年』を書いた。
何度かの潜入取材を経て、さまざまなノウハウを体得してきた。私が潜入をはじめる前に知っていればよかったと思う知識がだんだんと蓄積されてきた。
この本は、潜入取材をはじめる前の私を思い出し、自分自身に指南書を書くことを想定している。知っておくと役に立つだろう、という知識をできるだけ詰め込む。
その一例を挙げると、名前の問題がある。
私が、もし潜入取材を繰り返すことがわかっていれば、ペンネームで書きはじめていた。
潜入取材の難関は、相手企業や組織にこちらの身分が露見することなく潜入する点だ。その入り口が最大の関所となる。
私の人相によって、潜入記者であることを見破られたことは、これまで一度もない。テレビやユーチューブの番組にも、多少は出演することがあるのだが、人はそんなことを記憶にとどめてはいない。顔バレするには、毎日のようにテレビに出ていることが条件となる。
しかし、名前は簡単にバレる。
私は2022年の沖縄県知事選で、自民党陣営にボランティアとして潜入しようとした。事務所に通い続けて3日目にこう言われた。
「明日も来るのなら、駐車場を使えるように登録しますので、名前と住所を書いてください」
通い詰めたことが認められたと喜んだのも束の間、すぐに事務局長の名刺を持つ男性が私の前に飛んできた。
「横田さんって、アマゾンやユニクロに潜入している方ですよね」
ネットで名前を検索したのだという。
事前に、住所は那覇市内に移していたが、名前を変える時間はなかった。潜入取材であることが露呈しないようにと願ってはいたが、沖縄での県知事選挙で飛び込みの内地人のボランティアは悪目立ちしすぎたようだ。
偽名を使えばいいだろう、もしあなたがそう思ったとしたなら、そうした安直な考えを捨てない限り潜入取材をモノにすることはできない。何かと色眼鏡で見られることの多い潜入取材の過程において、ウソは一つたりとも滑り込ませてはいけないのだ。