中高年女性社員のうち上司からスキルアップを期待されていると感じている割合
朝刊の見出しが目に留まった。「架空の妹演じ『24歳若返り』」、「年齢をやゆされず働きたかった」――*1。73歳の女が、実在しない24歳下の「妹」になりすまし、家庭裁判所に申し立てて新たな戸籍を作成し、就職までしていたという怪事件だ。東京地裁が今年5月、有印私文書偽造・同行使などの罪で、女に懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。
各紙が報じた内容は、以下のようなものだ。犯行動機について、裁判官は「年齢で不当な扱いを受けることなく働きたかった」ことだと認定した。女は以前、警備会社で働いていたが、やる気があるのに、年齢のせいで重要な仕事を任されないと感じていた。職場の男性の「ババア」という発言を聞き、自分を揶揄されていると思った。「社会では若い人や男性が優遇されている」。差別を感じ、憤りから会社を退職。そしてふと、若い「妹」の戸籍を作ることができれば、妹になりすまして「若返る」ことができると思いついた。女は実際に「妹」の身分証明書を使って別の会社に再就職。「任せてもらえる仕事が増え、(本当の)自分が働くよりも仕事の幅が広がった」と“成果”を感じていたという*2。
無論、嘘の申し立てで戸籍や身分証明書を偽造することは、重大な犯罪である。架空の妹になりすませば、若返って、別の人生を歩むことができるという発想も、荒唐無稽だ。女が法廷で語った「やる気があるのに重要な仕事を任されない」、「若い人や男性が優遇される」という話自体は、どこまで真実かは分からない。女が、警備会社で重要な業務を任せてもらえるように、何の警備資格を取得して、どんな成果を出していたのかは分からない。だが、記事を読み終えた後も、何かすっきりしないものが残る。「年齢や性による差別」という論点自体は、荒唐無稽だとは言えないからだろう。むしろ、これまで仕事を続けてきたシニア女性の中には、そう感じてきた人も多いのではないだろうか。
現在の65歳を超えるシニア女性が働き始めた頃は、まだ男女雇用機会均等法の施行前だ。企業の採用、配置、教育、昇進と、あらゆる場面で男女差別が色濃かった時代である。女性は就職しても、男性に比べて重要な仕事のチャンスは少なく、結婚・妊娠・出産したら退職するのが一般的だった。「お局さん」など、経験年数が長い女性に対する蔑称は、いくつもあった。結婚退職を想定する女性の側にも、「腰掛」という言葉があった。これまで働き続けてきたシニア女性は、そのような就労環境の中で、劣勢に耐え、懸命に適応してきた世代だろう。現在、企業の役員に就任するなど、華々しく活躍しているトップ層の女性は、そんな状況も力強く跳ね返してきたかもしれないが、誰もがそんなにタフな訳ではない。
問題は、1986年に均等法が施行された後も、女性にとって、フェアで働きやすい就業環境に変わったとは言えないことだ。ジェンダーは、人の意識や文化社会の深いところまで根を張ったものであり、法制度が変わったからといって、すぐに職場の風土が変わる訳ではない。結果的に、職場における男女の経験やキャリアに差が生まれ、現在の賃金水準や管理職水準の男女差に至っている。家庭における男女役割分業意識にも根強いものがあり、妻の働き方やキャリアにも大きく影響してきた。
筆者は昨年10月、定年後研究所との共同研究として、アンケート「中高年女性の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~『一般職』に焦点をあてて~」を行ったが、そこで明らかになったのが、中高年女性会社員の職場経験の浅さである。正社員として中高年まで働き続けていても、管理職経験がある人は約1割、その手前のチームリーダーの経験がある人は約3割、キャリアアップにつながる「異動(転勤を伴わない)」の経験がある人は半数以下にとどまった(図表1)。むしろ、転勤を伴う異動も、転勤を伴わない異動も、入社以来、一度も経験したことがないという人が約4割に上った。このような職場経験には、男女差が大きいという点も、他の調査結果で示されている*3。
また、女性の年代が上がると、上司からの期待値が低下することも同調査から分かった。上司から「仕事のスキルを上げる」ことを期待されていると感じている人は、40歳代以降半では約4割だったが、50歳代では約3割、60歳以上では約2割へと低下していた(図表2)。つまり、年齢階級が上がるほど、職場で活躍が期待されていないことになる。