自分の努力や実績が認められた証である昇給・昇進は、勤め人にとって大きなモチベーションのひとつでしょう。しかし、なかには「出世なんてしなきゃよかった」と後悔する人も……いったいなぜなのでしょうか。FP Office株式会社の渥美功介FPが、統計データや具体的な事例を交えながら、“昇給・昇進の落とし穴”について解説します。
出世なんてしなきゃよかった…同期トップで支店長になった43歳・年収1,000万円のエリート地方銀行員。給与明細をみて「昇進を後悔した」ワケ【FPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

Aさん、思わず「出世なんてしなきゃよかった」のワケ

実際の給与明細を目にしたAさん。なんと、支店長昇進前(エリア母店の次長)のころよりも手取りが減っていたのです。

 

昇進前の年収は900万円弱でしたが、実際には期末にかけての残業代のウェイトが大きく、昇進直前には残業代が10万円を超えている月もあるほどでした。そのため、今回昇進したことで年収は1,000万円超になったものの、月の手取りは、昇進前よりも下がってしまったのです。

 

小規模店の支店長とはいえ、前支店長からの引継ぎや主要顧客たちとの付き合いにより、帰宅時間は以前よりも遅くなりました。支店のトップとなったことでやりがいは増えましたが、その分責任とプレッシャーも増しています。そのうえ、月の手取りが減ってしまうとは……。「管理職だから残業代はなくなるが、役職手当もつくし、大丈夫だろう」と楽観的に考えていましたが、給与明細をみながら思わず「出世なんてしなきゃよかった」とつぶやいたのでした。

 

「年収1,000万円」は損なのか?

手取り額をみて唖然としたAさん。はたして、支店長に昇進して年収が1,000万円を超えたのは幸せなのでしょうか?

 

業種別および年齢階級別の平均給与額(国税庁「令和4年分民間給与実態統計調査」)によると、金融業・保険業の40歳~44歳の平均給与は、719万円となります。つまりAさんの年収は、同業界・同世代のなかでも大幅に高いといえます(図表2)。

 

[図表2]一年を通じて勤務した給与所得者の年齢階層別給与額(金融・保険業) 出所:国税庁「令和4年分民間給与実態統計調査結果について」
[図表2]一年を通じて勤務した給与所得者の年齢階層別給与額(金融・保険業)
出所:国税庁「令和4年分民間給与実態統計調査結果について」

 

ではここで、年収に応じて差し引かれる社会保険料・所得税・住民税を考慮し、昇進前後の手取り額を比較してみましょう。なお今回は、給与所得控除・社会保険料控除・基礎控除のみを考慮して試算します。

 

年収900万円の場合、手取り額は約656万円となり、年収1,000万円の場合、手取り額は約720万円となります。その差は約66万円。すなわち月にすると5~6万円の差となります。仮に月の給与が5~6万円あがったとしても、昇進前には残業代が10万円を超える月もあったことを考慮すると、月の手取りが以前よりも減る場合がある、ということになります。

 

また、所得税は累進課税といって、所得が高いほど税率は高くなる仕組みとなっています(図表3)。特に年収900万円を超えると所得税率が10%アップするため、手残りの額に大きく影響します。

 

[図表3]個人の所得税率一覧 出所:国税庁HPより筆者作成
[図表3]個人の所得税率一覧
出所:国税庁HPより筆者作成

 

“昇進”や“昇給”は喜ばしいことだが…事前に把握しておきたい「手取り」の注意点

昇進や昇給は、自身の頑張りが認められたということであり、喜ばしいことです。ただ、単に額面が増えたことを喜ぶのではなく、特に管理職になる場合には、手当の変更(有無)や残業代の有無といった処遇について、事前にしっかりと把握しておくと“予想外のショック”は受けずに済むでしょう。

 

今回のAさんのように、昇進・昇給した結果、残業代がなくなり課税所得が増えたことで、かえって手取りの給与額が減ってしまうという悲劇に見舞われるケースは少なくありません。収入が大幅に変動する場合、ファイナンシャルプランナーなどお金の専門家と話しながら、自分の考えと給与のイメージがあっているのか、将来の自分のライフプランとあっているのかなど、客観的に確認してみることをおすすめします。


 

渥美 功介

FP Office株式会社

ファイナンシャルプランナー