歳を重ねると、どうしても起こりがちな体の不具合。「老化現象」として放置してしまう人も少なくありませんが、実はそれは別の病気の可能性がある、高齢者専門の精神科医である和田秀樹氏は指摘します。和田氏の著書『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』(KADOKAWA)より、詳しく見ていきましょう。
「疲れが取れない」「夜中に目を覚ます」「腰の痛み」…どれも“歳のせい”と片付けられることが多いが、医師・和田秀樹氏が指摘する〈意外な病気〉の可能性
高齢者が簡単に「うつ病」になってしまう理由
高齢者にとってうつ病は怖い病気ですが、その背景には、歳を取るほど、セロトニンという脳内の神経伝達物質が減ってしまうことがあると分かっています。そのため、高齢者の場合、ちょっとしたストレスや、配偶者の喪失などといったガクッとくる体験によってさらにセロトニンが減ると、簡単にうつ病になってしまうのでしょう。
歳を取ると、親との死別や定年退職による仲間との別れなど、多くの喪失体験を経験します。また、身体機能や脳の機能も衰え、それらを自覚することで落ち込むこともあるでしょう。そういった心理的要因でうつ病になることは事実です。
一方、私も長年、老年精神医学の仕事をしていますが、そういう心理に対して、きちんとしたカウンセリング治療とまではいえなくても、5〜10分程度、その気持ちを分かってあげるような治療を行い、薬(脳内のセロトニンを増やす薬)を飲んでいただくだけで、うつ病が良くなることは多いものです。
そういった多くの患者さんを診るにつけ、高齢者にとってセロトニンという神経伝達物質は大切なものなのだと痛感します。
抗うつ薬は脊柱管狭窄症にも効く
以前、仮面うつ病という、それほど精神的な落ち込みは目立たないが、抗うつ薬を使うと改善する身体症状(肩こりや頭痛が多い)が問題にされたことがありました。いまでもその言葉を使う精神科医もいますが、WHOによる国際分類での正式病名は“身体化障害”、アメリカ精神医学会による正式病名は“身体症状症”と呼ばれています。
仮面うつ病がその名で呼ばれるようになったのは、肩こりや頭痛がずっと続き、原因を調べても分からないが、うつ病の薬を使うと、症状が改善することが多いからです。加えて、もう一つの理由は、この症状を放っておくと、意欲が低下したり、夜眠れなくなったりして、本当のうつ病に移行してしまうことが多いためです。
実は仮面うつ病でなく、脊柱管狭窄症のように本当に痛みの強い病気でも、抗うつ薬が効くことは多いものです。整形外科などで腕のいい医者は、意外にこういう薬を使います。私自身、数年前に帯状疱疹にかかって、一生涯でいちばん痛い思いをしたことがあります。いろいろな痛み止めを使って多少は痛みが和らいでも、痛くてつらい状態は変わりません。ところが、前から痛みに効くといわれていた抗うつ薬を使ってみると、かなり楽になったことをよく覚えています。完全に痛みが消えるわけではありませんが、仕事に差し支えないレベルになりました。
そういうこともあって、私は腰痛をお持ちの高齢者の方にうつ病の薬を出すことがままあるのですが、多くの場合とても喜ばれます。