命を縮めてしまううつ病の怖さ

いまも日本では毎年2万人以上の方が自殺で亡くなっています。15〜39歳の死因のトップは自殺です。高齢になるほど他の病気で亡くなる人が増えるのでその順位は下がりますが、歳を取るほど自殺する人の数は増えるのです。

欧米では心理学的剖検といって、自殺した人の生前の言動などを分析して、その人が心の病にかかっていなかったかどうかを調査することがあります。すると、自殺をした人の5〜8割がうつ病だったという結果が出ています。そのくらいうつ病は人の命を奪うのです。

高齢者のうつ病は、自殺以外でも人の命を奪ったり縮めたりします。その理由は、次のようなリスクが高まることにあります。

感染症のリスクが高まる

高齢者のうつ病が自殺などの悲劇につながりかねないのは、イメージしやすいかもしれませんが、実は高齢者の場合、うつ病になってしまうと、自殺をしなくても、命を縮め、要介護や認知症につながりやすいという大きな問題があります。

最近、注目を集めている、精神神経免疫学の考え方では、うつ病になると免疫機能が下がるという大きな問題があります。免疫というと、風邪やインフルエンザ、あるいは、コロナなどに対する防御機能というイメージが強いかもしれません。実際、高齢になると免疫力が弱まるので、コロナどころか風邪をこじらせて亡くなる方も多く、肺炎で亡くなる人の95%は高齢者という統計もあります。

コロナ感染のリスクとして基礎疾患が問題になりましたが、私は最高に危険な基礎疾患はうつ病ではないかと考えたくらいです。若い人や中高年であれば、うつ病で亡くなるというと自殺がほとんどですが、高齢者の場合は、うつ病にかかった後、このような感染症で亡くなることがかなり多いのです。

がんのリスクが高まる

また、がんにかかるリスクを高めるという問題もあります。実は、人間の身体は1日数万個の出来損ないの細胞を作っていて、高齢になるほど、この数が増えるとされています。この出来損ないの細胞は放っておくと、どんどん増殖して、その一部ががんになるという説が強いのです。このがんのもとといえる出来損ないの細胞を掃除してくれるのが、NK(natural killer/ナチュラル・キラー=自然な殺し屋)細胞という免疫細胞です。

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[図表]NK細胞 出所:『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』(KADOKAWA)より抜粋

この細胞の名づけ親である順天堂大学元医学部長の奥村康特任教授によると、さまざまな免疫細胞の中で、いちばんメンタルの影響を受けやすいのがこのNK細胞だそうです。オーストラリアの研究でも、うつ病になるとNK細胞の活性は半分に下がるとされています。

高齢者の場合、若い頃と比べて、うつ病でなくても若い頃の4分の1くらいにNK細胞の活性が落ちていますので、これは深刻な問題です。うつ病を放っておくと、出来損ないの細胞をNK細胞が掃除しきれなくなり、がんになってしまうリスクが高まるのです。そういう意味で、高齢者のうつ病というのは早期発見・早期治療をしないと、がんにもなりかねない病気だといえるのです。これはもちろん命につながるものです。