本来、生命保険契約では、契約時に契約者によって指定された受取人が生命保険金を確実に受け取れる仕組みとなっています。しかし、今回紹介するFさんのケースでは、契約者(故人)の思いが無下にされる結果となりました。本記事では、実際にあった事例とともに生命保険契約の注意点について、FP事務所・夢咲き案内人オカエリ代表の伊藤江里子氏が解説します。
面倒を看てくれた長男夫婦へ。80代亡き母が用意した「生命保険金700万円」…ちゃっかり者の妹が“保険会社のルールに則って”根こそぎ奪えてしまったワケ【CFPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

祖母が加入していた保険契約

祖母は、契約者兼被保険者として次のような契約でX生命の保険に加入していました。

 

1.保険金額 700万円 死亡保険金受取人 父
2.保険金額 300万円 死亡保険金受取人 叔母


同居して面倒を看てもらっているという息子夫婦への思いもあって、父が受取人となっている契約の保険金額を多くしたとのことでした。

 

父が急な病で亡くなり、祖母も相次いで亡くなる

Fさんが本店への異動が決まったころ、すでに祖母は体が弱っていて、相変わらず介護はFさんの母が担っていました。その後、突然の病で父が亡くなり、その1週間後祖母も亡くなりました。

 

葬儀などが続き、Fさんにとってしばらくのあいだは慌ただしい日々だったに違いありません。

「この保険の請求手続きは、すでに完了しています」

父、祖母が相次いで亡くなり、母1人でいろいろな手続きをするのは大変でした。銀行の業務で、預金者が亡くなった際の手続き、生命保険の窓口販売にも携わっていたFさんはなにをすべきかよく知っていて、FさんがX生命の保険金請求の手続きをするために窓口へ行ったのは、2人の四十九日も終わったあとでした。

 

保険証券など証明できる書類を持って、窓口に行ったところ、「この保険の請求手続きは、すでに完了しています」と告げられ、Fさんは驚愕します。事情を聞くと、祖母が被保険者である契約が2つあったので、どちらも叔母が受け取ったとのことでした。

 

銀行でいくつかの保険会社の商品を販売してきた経験もあるFさんは、「保険金受取人は、父です。父が亡くなったので、父の相続人である母と私が正当な受取人ではないんですか?」と、聞き返したそうです。しかし、X生命の取り扱いは、これらと異なっていたのです。

保険金受取人が被保険者より前に死亡したときの取り扱い

保険法 第46条
保険金受取人が保険事故の発生前に死亡したときは、その相続人の全員が保険金受取人となる。

 

民法 第427条
数人の債権者又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は各債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、又は義務を負う。

 

多くの保険会社では、保険金受取人が、被保険者より先に死亡した場合、変更手続きをしていなければ、保険法46条のとおり(先に亡くなった)受取人の相続人に支払うとしています。そして、民法427条により、受取割合は民法で定めている相続分ではなく均等割合としています。

 

しかし、保険会社は、契約(約款)で保険法や民法とは異なる取り決めをすることも可能です。「X生命」の約款では、次のように定めています。

 

死亡保険金受取人が「無指定状態」の場合、死亡保険金等の請求権を有する方を定めています。第1~第8順位まであり、先順位の遺族がいるときは、次の順位の方は請求権を持ちません。

 

1位:被保険者(故人)の配偶者

2位:被保険者(故人)の子

3位:被保険者(故人)の父母

4位:被保険者(故人)の孫

5位:被保険者(故人)の祖父母

6位:被保険者(故人)の兄弟姉妹

7位:被保険者の死亡当時、被保険者の扶助によって生計を維持していた方

8位:被保険者の死亡当時、被保険者の生計を維持していた方

 

(注)X生命の保険契約で、死亡保険金受取人が被保険者より前に死亡して無指定状態となっていた場合、被保険者の遺族に該当する方がいないときには、指定されていた死亡保険金受取人の死亡時の法定相続人が保険金等の受取人となります。

 

保険金受取人である父が先に死亡して「無指定の状態」だったので、「被保険者(祖母)の遺族」で、順番からすると「子」である叔母が受取人となり、2つの契約の死亡保険金1,000万円を受け取ってしまったということでした。