◆対策2|民事信託(家族信託)契約を結んでおく
第二の対策は、民事信託(家族信託)契約を結んでおくことです。
配偶者や親、子ども、孫がいない人でも、兄弟姉妹や甥、姪、あるいは血縁がなくとも信頼できる人がいれば、その人を受託者として、信託契約を締結しておくのも一つの手段です。
信託契約は「信じて託す」と書きますが、本人の財産を、本人がまだしっかりしているうちに信頼できる人に預けて管理してもらいながら、その財産は引き続き本人のために使うことを約束する契約です。
財産を預ける人を委託者、預かる人を受託者、財産から利益を受ける人を受益者と呼びます。
たとえば、本人(委託者)が認知症になった場合に備えて、自宅と賃貸物件と現金を信託財産として甥(受託者)に預ける信託契約を締結する場合、自宅・賃貸物件はいずれも甥の名義になり、甥が預かった現金も甥の口座で管理されます。
しかし、民事信託契約では通常、委託者と受益者(信託財産から発生した利益を受ける方)は同一人物、つまり、この例でいえば本人になるので、甥は預かった信託財産を甥自身のために使うことはできず、本人のために使わないといけません。
したがって、本人はそれまで通り自宅に住み続けられますし、賃貸物件から発生する賃料も本人の生活費、医療費や介護費等のために利用されることになります。
このような仕組みであれば、あたかも名義だけが甥に移転して、実質的な所有者は本人のままのような状態なので、信託組成時に贈与税がかからないのも特徴です。
また、民事信託の場合、原則として契約締結と同時に効力が発生し、財産の名義が受託者に移るのが、任意後見契約との大きな違いの一つです。
本人が高齢の場合、任意後見契約の効力が生じる前に、悪質なリフォーム詐欺や投資詐欺等にあって財産を失ってしまう危険を回避することは難しいです。その一方信託の場合は、既に財産の管理者(名義)は受託者に移ってしまっていますので、そのような詐欺的な被害を受けて財産を失ってしまう危険を防ぐことができます。
さらに、信託契約の場合、本人が亡くなった後に残った信託財産を誰に渡すか決めておくことができるという遺言に似た機能を持たせることもできます。
なお、信託ではなく、任意後見契約で対処すべきものとして、「身上保護」が挙げられます。信託はあくまでも財産管理と財産承継の仕組みなので、受託者が委託者の医療行為に対して同意したり、委託者が高齢者施設へ入居する場合の入居契約等をすることはできないのが原則です。
◆対策3|死後事務委任契約を結んでおく
第三の対策は、死後事務委任契約を結んでおくことです。
死後事務委任契約とは、自分が亡くなった後の事務処理を特定の人にお願いをする内容の契約です。たとえば、未払い医療費や老人ホーム利用料等の債務の支払い、自分の葬儀を含む法要の施行とその費用の支払い、入院中に世話になった人に対する応分の謝礼金の支払いなどを依頼しておくのです。
このような契約は判例上、有効であるとされています。
すなわち、死後の事務は、本来の任意後見契約の事務ではありませんので、任意後見契約公正証書の代理権目録に死後事務を記載することはできません。しかし、任意後見契約の公正証書中に死後の事務委任を記載して、その公正証書に任意後見契約と死後事務委任契約の両契約の効力を持たせることは、可能であるとされているのです。
対策4|遺言を作成しておく
第四の対策は、遺言を作成しておくことです。
おひとりさまの場合、配偶者、直系卑属(子、孫)がいないので、直系尊属(親・祖父母)がなくなっている場合、法定相続人は兄弟姉妹になります。また、兄弟姉妹が既に死亡している場合には甥・姪が法定相続人になります。
兄弟姉妹も甥・姪もいない場合、相続債権者・受遺者への弁済や特別縁故者への分与等が必要であればこれを経て、残った財産は国庫に帰属するものとされています。
しかし、自分の財産を国庫に帰属させてしまったり疎遠な親戚に渡してしまったりするよりも、生前にお世話になった人に渡したい、あるいは自分の望む団体に寄付したいというような希望がある場合、遺言を作成しておくことが考えられます。
遺言も判断能力がしっかりしているうち(遺言能力があるうち)しか作成できませんので、認知症になってしまう前に作成しておくことが必要です。
まとめ|いずれも唯一の対策ではない。迷ったら弁護士など専門家に相談を。
これまでに、打っておくべき対策をいくつか挙げてきましたが、どれか一つを選ばないといけないわけではありません。
それぞれの制度が得意な部分と不得意な部分があり、一緒に準備するとより効果を発揮することもあり得ます。
任意後見契約と信託契約を締結する、信託契約を締結して遺言も作成するといった「併用」も本人の状況によっては十分にあり得るところであり、その人にとって最も良い対策は様々です。
早めに相談してみることで自分が取るべき対策が見えてくることも多いと思いますので、悩む前に是非一度、詳しい弁護士や司法書士など専門家にご相談いただければと思います。
野俣 智裕
弁護士法人ダーウィン法律事務所 共同代表
弁護士
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