日本の福祉制度の光と影
国の治安の良さは「福祉制度」で決まる
いい面から考えてみよう。日本には低所得で生活する人が一定層いるが、彼らは福祉制度を受けさえすれば、最低限の生活を保障してもらえるということだ。
福祉制度そのものがなくならないかぎり、貧しい人は毎月決まった日に食費や住宅費を手に入れることができる。毎日三食とることができ、節約すれば外食をしたり、旅行をしたりすることもできる。ペットだって飼える。
僕の知っているシングルマザーは、生活保護を受けながら3人の子供を育てて、きちんと高校にも通わせていた。年に1回は田舎の実家へ旅行がてらに帰省していたし、誕生日やクリスマスなど節目には小さなパーティーも開いていた。
子供の1人は自分で稼いだアルバイト代や奨学金を使って大学まで進学した。親にしてみれば、子供が独り立ちすれば、そのぶん生活保護の受給額は減らされることになる。でも、本人に働く意志と力があれば、就労支援を受けて社会復帰への道を用意してもらえる。
日本の貧困率がこれほど高いのに、比較的治安がいいのは、こうした制度があることが一因だ。
一方、途上国などでは福祉制度が整っておらず、生活に必要な額を十分に支給してもらえない。日本でいえば生活保護や障害年金を受けているはずなのに、それだけでは飢えて死にひんしてしまうことがある。
その時、彼らはどうするか。一部の人は生きるために犯罪に手を染めてお金を得ようとする。泥棒をしたり、違法ドラッグを売ったり、詐欺をしたりと犯罪を重ねる。場合によっては、何もしてくれない政府への反発から暴動やテロ、そして紛争に発展することもある。つまり、福祉制度の欠落が、治安の悪化を引き起こすんだ。
こう考えてみると、福祉制度が整っていることが、どれほどその国を安定させるかがわかるだろう。
福祉制度によって“自己否定感”が生まれる
今度は逆に、福祉制度が整っていることの負の面を見てみたい。それは、「ごちゃまぜ」であるがゆえに、貧困者は常に富める人と競争を強いられたり、格差を見せつけられたりすることで自己否定感を抱きがちな点だ。
学校のクラスメイトの大半は、会社で働くサラリーマン家庭の子供だ。クラスの中で生活保護を受けている人は決して多くない。だからこそ、生活保護家庭の子供は、クラスメイトと比べて小さいアパートに住んでいることを恥じたり、高価なゲーム機やスマートフォンを買ってもらえないことに劣等感を覚えたりする。塾へ行けず、勉強が嫌いになる子だっているだろう。
僕の同級生にもそんな子がいた。草野球をする時も一人だけグローブをもっておらず、いつも穴の開いたシャツを着ていた。クラスメイトはそんな彼を「ビンボー」とからかい、いじめの標的にした。
孫正義さんのように何か秀でたものがあれば、なにくそ、と思って努力できるかもしれない。でも、そういう人は多くない。日々の暮らしの中で常に格差を痛感して、「努力したってどうしようもないんだ」と思って自分に自信がもてなくなったり、社会に希望を見出せなくなったりする。僕の同級生は、いつの間にか不登校になってしまった。
親にも同じことがいえる。周りのお母さんが専業主婦同士でランチやカラオケを楽しんだり、海外旅行へ行ったことを自慢げに話したりする。生活保護家庭のお母さんにとっては、そんな輪の中にいることは苦痛だよね。自分が貧しいことを痛感して、みじめな思いになるはずだ。
こうした中で、お母さんがどうにもならないいら立ちを子供にぶつけることもあるだろう。「子供に何もしてあげられていない」と考えて後ろ向きになってしまう人もいるかもしれない。
こうしたことが、家庭が荒すさむきっかけになる。言ってしまえば、自己否定感は「心のガン」なんだ。
その子の中に一度できてしまうと、体の中でどんどん大きくなったり、他のところにも転移していったりして健康をむしばんでいく。勉強や仕事への意欲が衰え、ふさぎ込んで他人と接することを避け、何事にも投げやりになってしまう。
ガンと同じで初期に発見できれば改善することができるけど、進行すればするほど手の施ほどこしようがなくなる。そしてついには生活全般がうまく回らなくなって崩壊する。
自己否定感というガンが、時間をかけてその子の人生を壊してしまうんだ。自己否定感は、人にとってガンと同様の破壊力をもっている。とても重要なことなので、きちんと覚えておいてほしい。
石井光太
作家
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