「助かりますか?」Aさんの問いにした筆者の“覚悟の返答”
Aさんの年齢は70代後半。カルテを見ると、職業は「お坊さん」とあります。Aさんは筆者の顔を見ながら、そっと「私は助かりますか?」と尋ねてきました。
筆者は一瞬ためらいましたが、その方の職業がお坊さんであり、職業柄、平素からしっかりとした死生感を持っていらっしゃるだろうと判断し、正直にこう答えました。
「難しいでしょう。おそらく、助かる可能性は低いです」
すると、そのお坊さんは冷静な顔つきでこうおっしゃいました。「ありがとうございます。それでしたら、もう処置は不要です。申し訳ないのですが、家族を呼んでもらえませんか」
筆者はとても迷いましたが、Aさんの置かれている状況とご本人のお気持ちを考えたうえで、ご希望どおりにしたほうがいいと判断しました。
ただちにご家族に連絡したところ、救急搬送されたことはみなさんすでにご存じで、ちょうど病院へ向かっていたようでした。20分もしないうちに、ご家族全員がCCU(循環器疾患集中治療室)に入られました。
涙と笑顔で過ごす、最期のひととき
CCUのカーテンのなかで、お坊さんとご家族が非常ににこやかに会話をされているのが見えました。会話の内容はまったく聞こえてきません。
ただ、幸せそうに微笑むお坊さんのお顔と、涙で眼を腫らしつつも、懸命に会話を続けようとするご家族の様子が見えるだけです。それでも、その場にいる全員が人生のなかでもっとも価値があり、有意義な時間を過ごしていることは明らかでした。
会話を始めてから、30分もしなかったと思います。お坊さんはご家族に見守られながら、静かに息を引き取りました。最後の瞬間、少しだけ苦しそうに表情を歪めましたが、そのあとは眠るように安らかな最期でした。
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