日本弁護士連合会によると、破産債務者のうち約4人に1人は60代以上の高齢者だそうです(2020年破産事件及び個人再生事件記録調査)。そのなかには、未婚で子どものいない“おひとり様”も存在します。可処分所得が多いはずの“おひとり様”が老後破産する理由はなんなのか、FP Office株式会社の伊藤敦志FPが具体的な事例を交えて解説します。
年金月14万円、71歳の独身男性「全部、上司のせいだ」…退職時の貯金2,000万円〈安心の老後〉が一転、定年後11年で「破産危機」のワケ【FPの助言】 (※写真はイメージです/PIXTA)

あの上司さえいなければ…自暴自棄になったAさんの末路

Aさんに話を戻しましょう。

 

Aさんの状況からすると対策としては支出を抑えお金の寿命が尽きないようにする、もしくは再度働き始める、この2つしか選択肢がありません。

 

オーストラリア旅行から帰国したAさんは今後のことを考えながらこんな事を思っていました。

 

「結婚していれば家も買っていただろうし、趣味にお金も使わなかっただろうから貯金だってもっと……あの上司さえいなければ俺の人生も変わっていたのに! なんでこの歳になってこんなに苦労しなきゃいけないんだ。もうどうにでもなれ!」

 

恨みたい気持ちも分からなくはないですが……仮に、自暴自棄になったAさんが今のまま支出を続けた場合、他の問題にも直面することになります。

 

賃貸物件からの退去

高齢であることのみを理由に賃貸からの退去を求めることはできませんが、今のAさんの状況では数年後には家賃の滞納が発生する可能性が非常に高いでしょう。

 

当然、家賃を滞納していれば立ち退きを求められることになります。その際、新たな住まいを探すのは非常に難しそうです。

 

滞納が発生しないように、より安い物件に引っ越しを検討したとしても「年金収入だけでは滞納が発生するのでは?」と大家さんが不安を抱けば入居を断られることもあり得ます。

 

家賃債務保証制度を利用すれば、万が一入居者が家賃を滞納した際にも大家さんには家賃が保証されるため、入居の確率は高まるでしょう。ただし、制度の利用にあたり、入居者は賃料の他に保証料を負担しなければならない点、注意が必要です。

 

都市再生機構(UR)が高齢者向けに提供している賃貸住宅などもあり、こういった物件から優先的に検討していくことが大切です。

 

医療費、介護費用の不安

Aさんに限らず、年齢を重ねれば誰しもが直面する問題です。年齢が上がれば上がるほど1人当たりの医療費は増加傾向にあります。

 

Aさんも入院や手術などの突発的な支出に対応するために医療保険に加入はしていたものの、80歳が満期となっていました。これでは80歳以降の入院・手術には対応できません。

 

そして、その先に待ち受けている介護についても、まったく準備ができていない状況です。老人ホームとひと口にいっても、入居条件や入居後に受けられるサービスには違いがあります。Aさんの場合、入居後の費用は年金収入で賄えるかもしれませんが、入居時の一時金が支払えない可能性があります(一時金がない施設もあります)。

 

リスクを上げていけばキリがありませんが、その時になって「こんなはずじゃ無かった」と思ってもどうにもなりません。

 

退職後の収支コントロールもとても大切ですが、退職を見据えて事前に資金計画を立てておくことがより重要です。

 

Aさんの場合、仮に再雇用となった60歳から80歳までこれまでと変わらぬ生活を送りたいのであれば、

 

14万円×12ヵ月×20年=3,360万円

 

を蓄えておく必要がありました。介護費用も考慮するならば、4,000万円ほどあればより安心でした。

 

3,360万円もしくは4,000万円を何年かけて準備するのか、現金で積み立てるのか、はたまたNISAやiDeCOなどの制度を活用して運用しながら準備するのか……現役時代に検討すべきことはたくさんあります。

 

いずれにしても、準備期間は長いに越したことはありません。「自分はまだ若いし退職後のことなんて」と思っている人も、一度ライフプランシミュレーションを立ててみると良いでしょう。

 

自分では気付けないリスクや資金準備のアイデアなど、プロのアドバイスを元に考え、向き合う時間は決して無駄にはならないはずです。

 

 

伊藤 敦志

FP Office株式会社

ファイナンシャルプランナー