2023年度の年金額は3年ぶりに増額となったが、同じく3年ぶりにマクロ経済スライドが発動されたこともあり実質的には目減りした。ニッセイ基礎研究所の中嶋邦夫氏が、年金額改定のルールが24年度以降どのように機能するか展望する。
年金額の目減りは2024年度以降も続くが2026年度には繰越の可能性-2023年度の年金額と2024年度以降の見通し(4) (写真はイメージです/PIXTA)

2|2024年度分の改定率(粗い見通し)のポイント:年金の伸びが物価の伸びに追いつかない

 

2024年度分の改定率の見通しのポイントは、次の3点と言える。

 

第1のポイントは、2022年度の賃金変動率が、名目ではプラスになるものの物価の伸びを下回るため、実質ではマイナスになる見込みである点である。改定率には3年平均が使われるため2022年度のマイナスの影響は3分の1になるが、平均した値もマイナスとなるため、本来の改定ルールが例外に該当する。

 

この結果、2023年度とは異なり、67歳以下も68歳以上も本来の改定率が物価変動率(+2.9%)よりも低い賃金変動率(+2.7%)になる。

 

第2のポイントは、年金額の実質的な価値が低下する見込みである点である。本来の改定率は、物価変動率を下回るといってもプラスであるため、年金財政健全化のための調整(いわゆるマクロ経済スライド)が発動される。年金財政の健全化、すなわち将来の給付水準の低下抑制には効果があるが、実際の年金額に反映される調整後の改定率は物価変動率よりも低い本来の改定率からさらに下がるため、受給者には負担感が生じるだろう。

 

第3のポイントは、2年連続で年金財政健全化のための調整(いわゆるマクロ経済スライド)が完全に発動される見込みである点であるだろう。マクロ経済スライドは発動される機会が少ないという批判もあるが、2019~2020年度に次いで2度目の2年連続発動となる見込みである(図表5)。

 

 

3|2025~2026年度分の注目点:年金の目減りが続きつつ、調整の繰越しが発生する可能性

 

2025~2026年度分の見通しは、値自体にかなりの不確実性を伴うが、改定ルールの適用において次の事象が起こる可能性を示唆している。

 

第1に、実質賃金変動率の3年平均がマイナスとなる状況が、当面は続く可能性である(図表3上段の②の列)。この結果、前述した2024年度分の見込みと同様に、本来の改定ルールが例外に該当し、67歳以下も68歳以上も本来の改定率が物価変動率より低くなる見込みである。実質賃金変動率の3年平均の見込みは-0.1%であるため状況によってはプラスに転じる可能性もあるが、2023年度の賃上げも同年の物価上昇には及ばない見込みであるため、プラスに転じても小幅にとどまるだろう。

 

第2に、2026年度には年金財政健全化のための調整(いわゆるマクロ経済スライド)の繰越しが発生する可能性である(図表3下段の最右列)。2023年度の実績や2024年度の見通しでは、物価上昇率が高い影響で調整率がすべて適用され、繰越しが発生しなかった。たが、物価上昇が落ち着いて本来の改定率が低水準になり、加えて、高齢就労の伸びが落ち着いて調整率の絶対値が大きくなれば、図表4右の特例aに該当して調整率が一部しか適用されず、翌年度への繰越しが発生する可能性が生じる。この状況では、名目の年金額は前年度から据置きになる。

 

4|将来的な留意点:マクロ経済スライドの調整率が-1.5%程度に拡大

 

2026年度は、繰越分の見込みが-0.1%であるため、状況によっては繰越しが発生しない可能性もある。しかし、長期的には調整率の絶対値が大きくなる見通しであるため、将来的には繰越しが発生する可能性が高まる。

 

図表6は、厚生労働省が2020年の試算(追加試算)で使用した調整率の見通しである。近年は、60代前半の就労が公的年金の支給開始年齢の段階的な引上げに沿って進んでいる影響で、公的年金加入者の減少が抑えられている。

 

しかし、支給開始年齢の段階的な引上げは、男性が2025年度、女性が2030年度に終わる。高齢就労の伸びが落ち着いて過去の少子化の影響が表面化してくると、調整率は-1.5%程度になる。この状況で物価や賃金の伸びが+1.5%程度を維持できなければ、調整率の繰越しが発生し、繰越分が雪だるま式に増えていく可能性が高まる。

 

繰越分が大きくなった状況で物価が大幅に上がると、繰越分が一度に適用され、物価が大幅に上がる中で年金の改定率を大幅に抑えることになる。そうなると、年金受給者からの反対や生活に困窮する受給者が増えたり、それに対応しようとする政治的な動き8が起きる可能性がある。