昨年、岸田首相は資産所得倍増プランを公表し、「貯蓄から投資へ」を促しているものの、資産形成への理解が進んだとは言えない現状です。どうすれば、日本人は投資へ目が向くのでしょうか。ニッセイ基礎研究所の磯部広貴氏が考察します。
「貯蓄から投資へ」の推進に向けて目標利回り設定を (写真はイメージです/PIXTA)

1―「すべて元本確保型商品」は必ずしも問題ではない

昨年11月に岸田政権が公表した資産所得倍増プランでは、現状、我が国の家庭金融資産における現金・預金の比率の高さ*1を踏まえ、家庭金融資産を「貯蓄から投資へ」向かわせることに主眼が置かれている。

 

同様の趣旨から企業型DC(確定拠出年金)において問題視されているのは、すべてを元本確保型商品に投入している加入者がまだまだ多いという事実である。元本を確保したいがためにリターンの少ない預貯金や保険にばかり資金が向かっている、これでは投資が進まない、もっと加入者への投資教育を充実させないと、といった議論が長く行われてきた。運営管理機関連絡協議会が公表する確定拠出年金統計資料によれば、企業型DCにおいて元本確保型商品のみで運用している加入者の割合は、減少傾向にあるものの2022年3月末で29.1%となっている。

 

【図表1】
【図表1】

 

とはいえDCにおいて損失が出たとしても加入者の自己責任なのであるから、資金を何に振り向けようと、元本確保のために収益機会を逸したとしても加入者の自由である。加入者が明確に「とにもかくにもお金を一円も減らしたくないんです」という意思を持っているのであれば、すべて元本確保型商品は正解である。

 

先日「DB回帰も退職金制度の選択肢 ―リスク性資産頼みの企業型DCを前に」というレポートを登載し、この中で改めて企業型DC掛金の算出過程を示した。退職金制度の一つとしてスタートした企業型DCにおいては、まず退職金の一部を取り出し、それを各社の想定利回りで割り引くことで掛金が算出されている。よって自分の会社の想定利回り以上で運用ができなかったならば、実質的に退職金は目減りしたことになる。

 

企業型DCの設計においては基礎と言ってよい内容であるが、時は流れた。多くの企業では企業型DC導入後に入社した若者が今や中堅クラスとなり、自分の会社のDC掛金がどのような考え方で算出されたものか知られなくなってきた*2のが実情と思われる。

 

もちろんこの算出過程を十分に理解した上で、それでも「過去にもらえたであろう退職金との比較なんかどうでもいいです。私は今あるお金を一円も減らしたくないんです」という意思が明確なのであれば、すべて元本確保型商品は引き続き正解である。

 

問題があるとすれば、そのような選択が熟慮の上になされたのではなく、ただ漠然と「お金が減るのはいやだなあ」くらいの気持ちだけで流されていった場合である。とはいえ誰しもお金は減らしたくないと思っている。面倒でも自ら投資を学び投資に資金を振り向けていく原動力は何か。それは国民一人一人が自らの資産運用の目標を持つことであろう。

 

*1:資産所得倍増に関する基礎資料集(2022年10月、内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局)2頁によれば、日本が54.9%のところ米国12.8%、英国27.2%。

*2:2011年3月のNPO法人確定拠出年金教育協会「確定拠出年金加入者の投資運用実態調査」によれば、この時点においても想定利回りという言葉に対する認知度は3割強であった。