(※写真はイメージです/PIXTA)

タバコが口腔内に及ぼす悪影響は、歯の黄ばみやニオイだけではありません。歯周病は一度かかると完治しない病気ですが、中でも「喫煙者」の歯周治療は厄介で、独特の難しさがあるようです。喫煙者のみならず非喫煙者も知っておきたい「歯周治療」について、歯科医師・橋村威慶氏(サッカー通りみなみデンタルオフィス 院長)が解説します。

約7,000万人が患う慢性疾患、「歯周病」

日本人の約7,000万人が歯周病。ですが治療している患者さんはわずか5.7%、数にして400万人と少なく(平成27年地域保健・健康増進事業報告)、隠れた病気の代表の一つといってよいでしょう。歯周病を悪化させる因子は多々ありますが、今回は、私たち歯科医師が日々臨床をしていて最も厄介だと感じるケースをご紹介いたします。

難しい「喫煙者の歯周治療」

初診で来た患者さんの歯肉を見て、「あれ?」と思うときがあります。タバコを吸っている方です。喫煙者はその量にもよりますが、特徴的な歯肉をしています。非喫煙者と比べて喫煙者の歯肉はゴワゴワとしており、弾力がなく、歯肉が乾燥しているような感触です。歯肉の色も色素が付着しています。

 

タバコによる人体の悪影響は周知の事実ですが、口腔内にも様々な害を与えます。タバコはニコチンを含んでおり、血管を収縮させる作用があります。収縮した血管は歯周組織に十分な酸素と栄養分を供給できないため、歯周組織が弱まり回復力も遅くなります。また、タバコに含まれる多くの有害物質は、炎症性サイトカインという歯周組織にダメージを与える物質が過剰に生産させ、歯周病を悪化させます

 

ニコチンの影響により、歯周ポケット検査をすると出血が歯周ポケットの値の割には少なく、重度の場合でもほとんど出血しないケースがあります。出血は歯周病菌の格好のエサになるため、出血しないのは一見良さそうに思われますが、それ以上に、免疫システムが壊されてしまい歯周組織全体にダメージを与えるという問題があります。

従来式タバコでなく「電子タバコ」ならどうか?

電子タバコはどうでしょう? 電子タバコはまだ歴史が浅く研究も少ないのですが、ニコチンも少量か入ってないものもあり、従来のタバコより害が少ないというのがセールスポイントになっています。そのため電子タバコを吸っている方からはタバコの臭いを感じない場合があります。

 

電子タバコは健康を害さないのでしょうか? 日本歯周病学会は、従来のタバコから電子タバコに変えた場合、歯周ポケットの深さが改善され、禁煙後に見られる現象と同様に治癒能力の回復があるというデータを掲載しています。しかしこのデータは不十分であり、従来式タバコと同様に有害物質を含んでいるため禁煙をすすめています。

 

実際に電子タバコを吸っている方の歯肉の状態を見てみると、従来のタバコほどではないにしろ、病的な歯肉の感触を受けます。長期の使用による健康被害はまだ不明ですが、電子タバコも依存性があり、禁煙の妨げになっていると指摘されています。

電子タバコが歯周病菌を育てる!?

電子タバコの流通はまだ日が浅いですが、少しずつ研究が進んでいます。

 

2022年の最新の研究では、電子タバコを吸うことにより2種類の歯周病菌が独自に増殖していることがわかりました。このような現象は従来式タバコにはなく、長期で見た場合にどうなるか今後の経過が注目されます。また、電子タバコによって吐き出したエアロゾルには発がん性物質等の有害化学物質が含まれており、周囲の方も注意が必要です。

 

いずれにしても喫煙者の歯周病治療は困難です。第一に、喫煙は歯周組織の回復を遅くさせるからです。また私が日々臨床で感じることとして、喫煙により口腔の感覚が鈍麻化しているように見受けられます。そのため重度になっても自覚症状が抑えられてしまい、受診が遅れてしまうのです。

歯周治療の問題点

歯周治療を行うにあたり、いくつかのハードルをクリアしなければなりません。以下に問題点を列挙していきます。 

 

①保険診療には、深刻さが伝わる「わかりやすい数値」がない

⇒患者さんにとって歯周病はわかりづらい病気の一つです。そこで私たち医療をする側は、いろいろなツールを使って説明したり、レントゲンや歯周ポケットの値を見せたりして理解してもらえるように工夫するのですが、それだけではなかなか難しいものです。

 

前稿で述べたように、現行の保険診療において数値として表すことがきるのは歯周ポケット値のみです。メタボ健診の検査値のようにわかりやすいPISA値やPCR検査は保険対象外となります。特にPCR検査はコロナウィルス検査で名前が定着し、信頼性も高い検査です。このような検査値が、保険対象として取り入れられるかが今後の課題と言えます。

 

②自覚症状が乏しいため、治療の必要性を理解しにくい

⇒歯周病は初期や中程度の場合でも、自覚症状がない場合が少なくありません。自覚症状があったとしても口腔内の一部分だけだったりします。しかし歯周病は複数の部位に同時に発症することが多いのです。

 

その際、歯科医師は患者さんに無症状の部位を指摘し、治療の必要性を説明します。ほとんどの患者さんは治療に同意しますが、治療することによって何ともなかったところの歯がしみる、物が挟まるなどの症状が出やすくなります。歯科医師はその理由も患者さんに説明しますが、頭で納得しても釈然としない方もいらっしゃいます。中には治療したから悪くなったと捉える人もいるでしょう。やはり前述の通り、歯周病の理解を深めるための複数のツールが必要です。

 

③「割安すぎる治療費」という医院側のハードルも

⇒初期治療のSRPは1歯につき前歯が600円、奥歯が720円となっています。大抵は一度に複数の歯を治療するので、トータル治療費はその数倍となりますが、治療をするための器具や、時間などを考慮するとほとんどすべての歯科医院は赤字となります。医療にお金の話は二の次に思えますが、日本は9割以上が個人の歯科医院であり、経営の良し悪しは医療の質を保つ上で重要になります。

 

また、歯周病治療は高度な技術が必要です。ですが治療費は、その技術に対して妥当な評価がされていないという点も、歯科医療側が歯周治療をためらってしまう要因となります。たとえば前述した歯周組織再生療法薬のリグロスは、仕入れ値が21,053円、患者さんの治療請求費が21,050円となっており、医院としての差額報酬は3円しかありません(※リグロス単体の場合。他に手術費としての併用した治療費は発生します)。

 

リグロスは、歯科医師が勉強して長い修練を積んだ末に、やっと使用できるようになるものです。歯科医師が腕(技術)を評価されなかったら何が残るのでしょうか。この問題点は技術料が考慮されていないことです。リグロスが保険適応になってもこれでは普及しづらいでしょう。

 

今回は複数回にわたり、歯周病を取り挙げました。残念ながら現段階では、歯周病は一度かかると完治しない病気です。課題は多くありますが、メインテナンスを含めた歯周病治療を受けやすい環境を作っていくのが重要です。

 

 

橋村 威慶

サッカー通りみなみデンタルオフィス 院長

 

 

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※本記事は、オンライン診療対応クリニック/病院の検索サイト『イシャチョク』掲載の記事を転載したものです。