浮気していないのに性病になった!?
「旦那としかしていないのに、私が性病になるはずがないんです」
私の外来には、このような訴えをなさる患者さんが日常的にいらっしゃいます。
性感染症は、愛し合う2人が互いの粘膜を介して感染するものであり、そういった生々しいイメージにより、自分たちの身の潔白や、確固たる貞操観念が揺るがされてしまいそうで、怒りや混乱を招きます。
行き場のない複雑で不条理な感情は、私のような初対面の医者に露骨にぶつけられてしまいますが、患者さんの表情は曇ったままです。
旦那としかしていないのに、私がクラミジアになった――。
一体どのような背景が考えられるのでしょうか? 性感染症を専門とする私が以下に8つのパターンを挙げてみました。
その前に一つだけ。本当に大切なことは「原因追及」ではなく、「結果の受け止め」とその後のマネジメント、つまり治療方針である、ということだけ前置きさせてください。
それでは一緒に考えてまいりましょう。
「心当たりがない性病」の原因
①クラミジア抗体陽性であった場合、「既感染」を考える
⇒クラミジアIgG抗体陽性の場合は、旦那さんと出会われる前の感染(いわゆる既感染)を表しているかもしれません。今現在の感染の有無を知るためには尿、おりもの、うがい液などの体の局所のPCR検査をすることが大切です。
②性病検査では、感染時期を特定できない
⇒たとえば、一度も性病検査をしたことのない人が妊娠を契機に妊婦検診で引っかかり、不貞を疑われてパニックになってご来院されるケースがあります。しかし性病検査の多くは、感染時期までは特定できません。
③「のどのクラミジア」が陽性の可能性がある
⇒たとえば、以前に性器の性病検査が陰性であっても、「のど」にクラミジアがいて、その後の性行為でお互いの性器にうつしあってしまうこともあります。
④今回の症状の原因がクラミジアではなかった
⇒おりものの増加、悪臭、下腹部痛などの症状が出現し、クラミジア検査陽性となった場合に、私たちが次に問われることは「夫と出会う前にクラミジアに感染したとしても、こんなに時間が経ってから症状が出ることはあるのですか? クラミジアの症状が出るまでの潜伏期は1-3週間ですよね」です。
人は、症状があり、かつクラミジアの検査陽性であれば、それはすべてクラミジアによるものだった、と思うのが自然です。
しかし、実は今回の症状はカンジダによるものであったらどうでしょう。カンジダになり、おりものが増えたのでおりもの検査をしたところ、そこでクラミジアが検出された場合、症状の原因はカンジダであり、クラミジアは偶発的に見つかった、となります。
⑤クラミジアが長い時間をかけて骨盤内感染症や肝周囲炎を引き起こした
⇒上記④の一方で、やはり症状の原因がクラミジアであった、ということもあります。膣から侵入したクラミジアが3週間より長い時間をかけて、子宮、卵管を通って腹腔内(おなかの中の空間)に行ってしまい、そこで炎症を起こしてしまうパターンです。
この段階まで行くと、発熱などの全身症状がみられ入院加療が必要となり、後遺症として不妊になってしまうこともあります。不貞云々よりもまずは体のケアを第一に考えなければいけません。
⑥旦那さんが浮気または風俗通いをしているが、あなたに嘘をついている
⇒残念ながらこの理由は外せません。「私の旦那は浮気や風俗はしていないと言っています」と声高に言われる方がいらっしゃいます。本当にそういうことをしない男性がいらっしゃるのはもちろん承知の上ですが、もし浮気や風俗に行く男性がいるとして、彼らが一番それを知られたくないと思う存在はパートナーであるあなた、と考えるのが自然です。
⑦「私」が浮気または女性用風俗を利用しているが、医師に嘘をついている
⇒浮気や風俗店に従事していることを医師に話しておきたい方がいる一方で、話したくない方もいらっしゃいます。私たちは最大限、羞恥心に配慮していますが、性病にまつわるプライベートな問診に対して、咄嗟に本当のことが言えなくなってしまうケースもあるでしょう。また最近では、女性用風俗を利用される方もいらっしゃいます。
特に旦那さんと同時に受診されている場合はなおさら「バレたらまずい」という心理が働きます。お2人で外来に訪れ、散々「身に覚えがない」という話をされて診察が終わってからあとで一人だけ戻ってきて「実は私(僕)が原因なんです」と白状される方もいらっしゃいます。
⑧「私」が浮気をしているが、多重人格(解離性障害)であり、覚えていない
⇒私は精神科を専門としておりませんが、言動にまとまりがなく、被害妄想や感情失禁などが多い方の場合、悪気なく虚言をしてしまうことがあります。
まとめ
冒頭のように「原因よりも結果が大切。原因はあまり考えこまないようにしましょう」と口では言っても、医師は今回の治療だけでなく、今後の感染予防や蔓延防止を考慮した指導もしなければならず、原因については常に考えながら診療を進めています。
しかし、なるべく考えないふりをすることもしばしばあります。
私が診療するうえで一番気を付けているのは、患者さんを傷つけないことです。
「旦那さんが浮気してるんじゃないですか? 風俗に行ったんじゃないですか?」
「そうでなければ、説明がつかない」
「風俗なんかで働いているから性病になるんですよ」
「え、風俗に行っているの? なんでそれを先に言わないの、検査を増やさなきゃいけないじゃない」
これらはすべて患者さんから伺った、“実際に医師から言われた内容”です。誰だって人はプライベートなことを聞かれたり、診られたりするのは嫌です。それでも患者さんの多くは不安を抱え、今の状況を改善したいと願いクリニックに足を運んでくれています。
そのような患者さんの気持ちを考えれば、どのような言葉をかけて検査・治療をしてあげるべきかおのずとわかるはずです。
今回、すぐに思いつく原因を8つご紹介いたしました。「医者なんだから、本当は原因がわかっているんだろ」と詰められることもあります。守秘義務のため、相手の不貞を言えないこともありますが、本当にわからないことも多々あります。
原因はわからないけれども、患者さんと一緒に考えながら、考えすぎて悩む方にはあまり考えすぎないようにしながら、正しい検査と治療をして、ストレスを取り除いていく。性病専門クリニックの現場で働く私の仕事というのは、そういう仕事なのです。
剣木 憲文
銀座ヒカリクリニック 院長
医師、放射線科医学博士/診断専門医、IVRist/日本性感染症学会認定医
性感染症で悩める患者さんに一筋の『ヒカリ』となれれば、というサポーティブな願いを込めて、令和元年11月1日に銀座ヒカリクリニックを開院。診療の傍ら、Twitterで性感染症の質問を受け付けたり、YouTubeチャンネルでは性感染症の勉強動画を配信したりなど積極的に情報を発信している。