「年俸200万円ぐらい」非正規雇用者が激増したワケ
その後、バブル経済崩壊後の平成不況では、企業は、グローバル化に対応して海外移転を進めるとともに、(主として安い輸入品に対する)国内の競争力強化の必要性に迫られ、コスト削減の圧力が高まりました。
このため、正規雇用(フルタイム労働)である正社員の採用を抑制する一方、コスト削減のために単純業務に対する安価な労働力の供給源として、また、不況期の企業業績縮小期の雇用調整弁として、非正規雇用の従業員に注目するようになりました。
それまでも好不況はありましたが、その都度、企業のリスクで採用雇用者数を決定していました。ところが政府がグローバル化した競争に対応しようとする大企業などの要望を受けて、派遣雇用法に以下のような業種を追加していきました(官僚のやることはいつでも同じで、政令追加は簡単にできますから、あまり議論なしに国民の目をかすめて行ったのです)。
・1986年10月1日施行(16業種)─機械設計、放送機器等操作、放送番組を追加
・1996年12月1日施行(26業種)─化学に関する知識・応用技術を用いての研究開発、事業の実施体制の企画・立案、書籍等の制作・編集、商品・広告等デザイン、インテリアコーディネーター、アナウンサー、OAインストラクション、テレマーケティング営業、セールスエンジニア営業、放送番組等における大・小道具など10業種追加
・1999年12月1日改正─派遣業種が拡大され、ポジティブリストからネガティブリストへ変更されました(港湾運送、建設、警備、医療、製造以外はよいとなりました)。
・2004年3月1日改正─物の製造業務の派遣が解禁されました(港湾運送、建設、警備、医療以外はよいとなりました)。これが問題でした。
この小泉内閣のときの製造業の派遣解禁が最も大きな影響を与えることになって、非正規雇用者が激増することとなりました。こうして日本産業のメインであった製造業において議論なしに非正規でもいいとなりました。こうなれば企業としては、当然、人件費が二分の一とか、三分の一とかの非正規(年俸200万円ぐらい)に傾斜していくのは当然でした。
ここが問題でした。