(※写真はイメージです/PIXTA)

従来、人類にとって「老化」は生理現象であり、私たちには受け入れる以外の選択肢はありませんでした。ところが今、「老化」に対する認識が大きく変わりつつあります。銀座アイグラッドクリニック院長・乾雅人医師が、医学・医療における「老化」の変化を解説します。

「老化という病を克服する世界」がもたらす“激変”

医療の現場で日常的に使用される薬剤は、実は臓器ごとでの「部分最適」な事例が多いです。たとえば、血圧を下げる降圧薬。この薬は心臓にとっての負担を軽減しますが、脳への血流を低下させるために認知症を進行させます。あるいは、心臓にとっては良いホルモンの作用が、腎臓に負担をかけることもあります。

 

総合病院の集中治療室(ICU)などで、それぞれの専門性を持った医師たちの意見が対立するのは日常茶飯事です。西洋医学で確立されてきた従来の薬剤の大半は、何かの効能を得るために、何かの負担を容認せざるを得ないトレードオフの関係にあります。それが、“老化の治療”においては、すべての臓器に対してトレードオフの関係が一切ありません。部分最適でなく、全体最適です。後手に回った対症療法でなく、先手に回った根本治療と言えるのです。

 

従来、“加齢≒老化”に伴って発症すると考えられてきたもの、糖尿病や高血圧などの生活習慣病、認知症、筋力低下(サルコペニア)、骨粗しょう症などの老年症(老年症候群)の大半を、一網打尽にできる可能性があります。

 

“加齢≠老化”と捉え、まずは“老化”を治療する。それでも残る症状に対し、従来の確立した医療技術を適用するのはどうでしょうか?

 

内科的疾患に対しては、“老化”の治療により機能低下を取り戻すのが第一段階。その上で、個々人の状態に応じて、従来の内科的加療を追加するのが第二段階になるべきではないでしょうか?

 

そして、この二段構えの医療戦略は内科領域に留まりません。「臓器がある限り、外科は不滅。」という名言があります。“老化”に伴う機能低下を治療した分だけ、予備機能、予備体力が増え、結果、従来なら手術の適応外だった患者に対しても、外科手術を行うことができるようになるかもしれません。

 

「医学の常識」が変わると、「医療の常識」も変わる。そして、その役割を担う「医師の常識」も、です。

 

「人類が老化という病を克服する」世界では、80歳を対象にしたレジャー産業、エンタメ産業も勃興するでしょう。子供に対する教育や、ペットなどの愛玩動物の需要もいっそう増えるのではないでしょうか。また、60歳が“若い”と言われるようになり、全社員が60歳以上のベンチャー起業なども当たり前になるでしょう。生命保険などの金融商品も再設計され、個人のキャリアの流動性、多様性は加速する一方ではないでしょうか。社会の構造が根底から変わる世界観が提示されます。

 

この大いなる文脈の中で、一介の医師である私に何ができるのでしょう?

 

まずは、「老化は治療対象の疾患である」という「医学の常識」の変化を伝えることを、今回の投稿の主旨としたいと思います。

 

 

乾 雅人

医療法人社団 創雅会  理事長

銀座アイグラッドクリニック 院長