「家族信託」(民事信託)とは、自分が将来病気や要介護になる可能性を考慮し、保有する不動産や預貯金などの管理・処分を信頼のおける家族に任せるという、財産管理の方法です。遺言書以上に多様な承継の仕方が定められるなど、相続における多様なニーズの受け皿としての側面もあり、今後ますます需要を高めていくことが予想されます。近い将来、誰しもが身近になるかもしれない「家族信託」を、民事信託に特化した法律事務所の所長である金森健一弁護士が、具体的な事例をもとに解説します。

「受託者」が亡くなった場合、新たに立てる必要が

ジュタロウさんは信託の「受託者」でした。「受託者」が死亡した場合に、どのようなことがポイントとなるでしょうか。

 

主に次の3点が挙げられます。

 

①「信託」そのものは終わらない 

②「受託者」の交代が必要になる

③新しい「受託者」に引き継ぎをする

ポイント① 「信託」そのものは終わらない

「受託者」が死亡したところで、「信託」は終了しません。会社の代表者や株主が死亡したからといって、それだけで会社が無くなるわけではないのと同様に、「信託」の受託者が死亡しても「信託」は存続します。

 

「受託者」の死亡は、辞任と同じで、受託者が仕事を辞める原因なのです(信託法56条1項1号)。辞めた人の代わりの人に、引き継いでもらう必要があります。

 

もし、誰も新しい「受託者」になってくれない状態が1年間続きますと、「信託」は終了してしまいます(信託法163条3号)。

ポイント② 「受託者」の交代が必要になる

「受託者」が亡くなった場合、その相続人は、次の「受託者」が「信託」を引き継ぐまでの間、信託されている財産を保全する義務を負います(信託法60条2項)。

 

ジュタロウさんの配偶者や子どもは、帳簿や通帳を引き継げるように保管しておかなければなりません。口座から無断でお金を引き出すようなことは、絶対にやめましょう。

 

新しい「受託者」が誰になるかは、信託契約書に定めがあればそれに従います。定めがない場合には、「委託者」と「受益者」の合意で選びます(信託法62条1項)。

 

本件の場合は、信託契約書に「次の受託者は、新ジュタ子を指定する」と記されていました。ジュタ子さんは自分が引き継ぐことを了承しました。

 

もし、ジュタ子さんが拒否したり、イタ子さん(「委託者」かつ「受益者」)が重度の認知症等により代わりの人物を指定することができなかったりする場合は、裁判所に新しい「受託者」を選任してもらう手続きをとる必要があります(信託法62条4項)。

ポイント③ 新しい「受託者」に引き継ぎをする

新しい「受託者」になった人は、それまでの「受託者」の権利義務を引き継ぎます。たとえば、ジュタ子は信託された自宅の新しい所有者になります。

 

もっとも、権利を引き継ぐだけでは、それまでにどのように管理をしていたかまでは分からないので、詳細をしっかり知る必要があります。

 

ジュタ子は、ジュタロウの妻に連絡し、帳簿や必要書類を受け取りました。父譲りの真面目な兄らしく、ノートにはお金の出し入れの記録がきちんと書かれていました。

 

また、不動産を信託財産とした場合には、登記名義の変更も必要です。亡くなったジュタロウさん名義からジュタ子さん名義に変更します。

 

ちなみに、この変更登記の手続きは、新しい「受託者」のみで申請できます。ジュタロウさんの相続人の協力は不要です。登録免許税もかかりません(登録免許税法第7条1項3号)。

 

なお、賃貸物件を信託していたり、アパートローンが残っていたりしますと、さらに難しい問題も出てきますが、それはまた別の回に解説します。

次ページ「受託者」不在の事態に備えてやっておくべき対策は
民事信託の別段の定め 実務の理論と条項例

民事信託の別段の定め 実務の理論と条項例

金森 健一

日本加除出版

信託法における「別段の定め」と、「定め」ることができる内容のすべてがこの一冊に。「ファミリービジネスの維持」「不動産賃貸の事業承継」「未成年の受益者」「障がい者の『親なき後問題』」「金融機関との関係」…民事信託…

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