(※写真はイメージです/PIXTA)

人類史上、最も感染者数の多い感染症は「歯周病」です。厚労省が行う歯科疾患実態調査によると、20~59歳の人の4割以上もが、程度の差こそあれ歯周病とされており、その割合も年々増加中…。歯周病とはどのような病気なのか、なぜ恐ろしいのか、防ぐにはどうすればよいのか。吉田歯科診療室デンタルメンテナンスクリニック院長・吉田格氏が解説します。

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私たちは《目に見えない何か》と共生している

新型コロナウィルスの出現により、私たちは《目に見えない何か》と共生している事実を身をもって認識することになりました。

 

そして体の中では、あなたの知らないところで外敵から一生懸命あなたを守っている、免疫というシステムが常に稼働していることも知ったと思います。

 

医学の歴史は感染症の歴史でもあります。この見えない敵を知り身を守ることが、これからの困難な時代を生き抜く知恵として必須だと思いませんか?

 

まさに、敵を知り己を知れば百戦危うからず。これを機に、世界一多い感染症である「歯周病」にも目を向けていただければと思います。

「歯周病」とは?

■細菌感染で「歯の周り(=骨、歯肉)」が溶けてなくなる病気

厚労省が行う歯科疾患実態調査では、20~59歳の人の4割以上もが、程度の差こそあれ歯周病であるとされています。またその割合は年々伸びています。

 

歯周病とは読んで字のごとく「歯の周りの病気」です。

 

歯の周りとは具体的に「骨」と「歯肉」のことで、歯を支える骨と、それを守っている歯肉が感染で炎症を起こし、骨が溶けてなくなる病気です。当然歯がグラグラになってきます。

 

その昔、歯周病のことを“歯槽膿漏”と呼んでいました。“槽”という字は浴槽という単語でも使いますが、何かが入る器のようなものを指します。すると“歯槽”とは歯が入る器、すなわち歯を支えている骨を意味し、これを歯槽骨(しそうこつ)と呼びます。

 

そして“膿漏”とは膿が漏れる、すなわち歯槽骨が感染し白血球が集まり、細菌を攻撃したあとにその残骸が膿として漏れるのが見える状態です。

 

■「歯周病で歯がグラグラ」は「生爪が剥がれてブラブラ」と同じような惨状

歯周病で歯槽骨が破壊されると外からはどのように見えるか、それは次のビデオ(https://youtu.be/3fGPmZP7FJE)のようになります。

 

【動画/歯周ポケットを実際に測ってみる】

歯周病で歯槽骨が破壊されると…

 

一見なんでもない歯のようですが、目盛りのついた細い棒が歯肉に沿ってズブズブと深く入ってしまいます。

 

本来歯は骨や歯肉とくっついており、歯肉のキワには歯肉溝(しにくこう)というわずかな溝があるのが正常です。その深さは深くても3mm程度なのに、このビデオの最初の歯には8mmも入ってしまいます。

 

これは歯肉溝の底で細菌感染が起き、本来くっついていた部分が剥がされた結果です。このように歯肉溝が病的に深くなってしまった状態を、特に歯周ポケットと呼んでいます。

 

本当は出血する場合がほとんどなのですが、ここでは当たり障りないものをお見せしています。つまり実際の歯周病は、もっと悲惨に見えるのです。

 

歯の周りと似たような構造をしているのが指先で、ちょうど爪の垢が溜まる溝が歯肉溝に相当します。つまり歯周病を指先に例えれば、感染で生爪が剥がれてブラブラになっている状態と同じと言えます。けどそんな人見たことないですよね。歯周病原菌はそれほど破壊力があるのです。

歯周病の原因は「食べカス」だが…

■口の中は「真夏の生ゴミ袋の中」と同じ!?

歯肉溝は溝ですから、どうしても食べカスが溜まりやすい形状をしています。

 

しかし歯肉溝からは滲出液(しんしゅつえき)といって、異物を外に押し出すように流れる浄化装置があります。これは爪にはない大きな特徴です。

 

おそらく昔ながらの食事であれば、この浄化装置は有効に働くと思われます。ところが現代食はネチャネチャした加工食品が多く、歯の周りにへばりつきやすくなっています。

 

さらに口の中は温度36℃で湿度100%、真夏に外に置いてある生ゴミ袋と同じ状態です。

 

生ゴミ袋は収集車がすぐに持っていってくれますから問題になりませんが、口の中は歯が磨けていない状態が続けば、食べカスは何ヵ月もかけて熟成されていきます。つまり腐敗し変質します。これがプラークとか歯垢と呼ばれるもので、ただの食べカスではなく細菌の塊なのです。

 

ここに歯周病の原因になる菌がいれば歯周病に、ムシ歯の原因になる菌がいればムシ歯になります。

 

プラークは非常に粘着性が強いので、歯ブラシを適切に当ててもなかなか除去しきれません。ですから単なる食べカスのうちに除去しなくてはいけないのですが、最近はマスクによる口呼吸で唾液が乾燥しプラークが固まり、さらに除去しづらくなる傾向にあります。

 

■初期の歯周病でも、歯周ポケットの面積は「切手3枚分」に相当

歯周ポケットは底に行くほど酸素が届きにくくなります。すると底に近づく、すなわち深くなるほど酸素がないほうが活発に動く菌が増えていきます。これを嫌気性菌(けんきせいきん)と言い、歯周病原菌はその仲間です。ですから歯周ポケットが深くなればなるほど活発になります。

 

歯周病原菌は何種類かが特定されています。その中で最も悪性度が高く注目されているのがPg菌と呼ばれているもので、増殖して血流に入ると、脳にまで達しアルツハイマー病の一因となることもあります。

 

歯周ポケットの中で炎症が起きるということは、見えそうで見えないところに潰瘍ができているということです。ではその面積は、どれくらいあるのでしょう。

 

28本の歯の全周に均等に5mmの歯周ポケットがあるとし、大まかに歯一本の全周を12mmと仮定すると、28×5×12=1,680mm2と、およそ切手3枚分の面積の擦り傷と同等の巨大な口内炎があるような感じです。

 

たとえばあなたの顔にこの大きさの擦り傷があって、腐った食べ物が四六時中塗り込まれているとしたらどうでしょう。想像しただけで恐ろしいですよね。けどそれが見えないところで進行するのが、歯周病の怖いところです。

歯周病が「薬では治せない」ワケ

■浴槽のヌメヌメ並みに除去しがたい、手強い「防護膜」がある

見方を変えると歯周病とは、歯が歯周病原菌に乗っ取られていく病気とも言えます。つまり以前は自分の歯だったものが、いつのまにか汚れたトゲが刺さって抜けないのと同じ状態に置き換わってしまうということです。

 

歯周病がやっかいなのは、感染源に薬が届かない、つまり効かないことです。

 

口の中には歯周病原菌はもちろん他にも多くの菌が存在しますが、これらは協調して強力な防護幕を張り、免疫や薬をブロックしています。この幕はバイオフィルムと呼ばれ、腸管や尿路にもできる厄介者です。

 

また身近にも同様なものがあります。それはお風呂のヌメヌメです。これは専用の洗剤をつけてスポンジで一生懸命擦らないと取れませんよね。

 

浴槽のような平面でも大変な作業ですが、それと同じことを凹凸の多い口の中で行うには、毎日正しく歯ブラシを当てている必要があります。もちろん歯周ポケットの中に歯ブラシは届きませんし、口にお風呂の洗剤は使えません。

 

ですから治療には超音波などを使って、歯石やバイオフィルムを物理的に破壊する必要があるのです(動画 https://youtu.be/QHZKYvCVJrA)。

 

【動画/顕微鏡を使ってよく見ながら超音波で歯石をとって行きましょう】

顕微鏡を使ってよく見ながら機械を操作することで、治療の確実性が飛躍的に向上する

 

一時期、歯周病が治るという薬が注目されたことがありましたが、バイオフィルムの中にまで薬が達するはずもなく、案の定今ではまったく耳にしなくなってしまいました。

 

歯周病は薬で治ることはありませんので、うまい話には注意していただきたいものです。

歯周病を防ぐには?

■キスでも感染する…歯周病原菌の感染経路

さてこの歯周病原菌、いったいどこから来るのでしょう? コロナのように空気感染でも飛沫感染でもありませんが、実は意外にも簡単なところから感染します。

 

よくあるのが食器・箸・洗面所のコップなどです。

 

日本は鍋を直箸で突っついたり、洗面所のコップが共用だったり、食べ物でも親が一旦口に入れて噛んだものを赤ちゃんに与えたりと、家族間感染の機会がたくさんあります。当然夫婦間でも一部の菌を共有します。

 

ということで、キスも同様です。コロナ禍で言う濃厚接触よりも、こちらのほうがよほど濃厚です。

 

歯周病原菌は18歳頃に感染のピークがあると考えられています。これは男女間交流が盛んになると同時に、親の管理から離れ歯磨きがいいかげんになる時期と一致します。

 

さらにはペットにまでも、同じ遺伝子型の歯周病菌が検出されることも珍しくありません。

 

同じ男女間接触でも性感染症は早期から重篤な症状が出て注目されやすいのですが、キスによる歯周病感染はマイルドなためほとんど理解されてきませんでした。

 

愛情とは、対象者の良いものも悪いものも含めてすべて受け入れることだと思います。細菌はそこにつけ込んで、いや必死に生き延びようとして、他人に伝搬することで勢力を伸ばしていくように作られています。

 

しかしキスの直前に歯を磨くのはまず不可能。ですから普段から口の中の細菌数を必要以上に増やさない、余計な菌が定着しないように毎日歯ブラシで確実に清掃することが肝要です。

 

■若いうちから「確実な歯磨き」を!

筆者が歯周病治療を行ってから26年間、定期管理を続けている
【写真】83歳女性の左上の歯 筆者が歯周病治療を行ってから26年間、定期管理を続けている

 

【写真】は歯周病治療を行ってから、26年間定期管理を続けている83歳女性の左上の歯です。奥歯一本が手遅れで抜歯になりましたが、その後はご本人の努力できれいに維持できています。しかし誰もがこのような経過を辿るわけではありません。

 

歯科疾患実態調査では、10歳代の虫歯が減少している一方で歯周病の有病率はすでに1/4以上と増えていることが示されています。ですから歯周病なんてまだ関係ないと思っている若い人こそ、今から正しい歯ブラシの方法を会得しておく必要があります。

 

さてあなたは細菌の勢力拡大に加担するのか、それとも知恵をもって自分と自分の大切な人を守るのか、どちらでしょう。

 

歯周病は長い人生においてあまりにもマイナスが多く、若いうちからリスクを遠ざける教育が求められます。もちろんそれはキスをしてはいけないということではありませんよ。

 

そう、さっそく明日にも歯科衛生士のいる歯科医院を訪れてみましょう。

 

 

吉田 格

吉田歯科診療室デンタルメンテナンスクリニック 代表

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※本記事は、オンライン診療対応クリニック/病院の検索サイト『イシャチョク』掲載の記事を転載したものです。