近年「無痛分娩」を選択する妊婦やその家族が増加するなか、医療者が強く制止する「無介助分娩」を選択する方も少なくありません。助産師の市川きみえ氏の著書『私のお産 いのちのままに産む・生まれる?』より一部を抜粋し、「無介助分娩(プライベート出産)」経験者の声を紹介していきます。
どこで誰の立会いのもとに出産したのか…経験者30人に聞いた「無介助分娩」の実際 (※画像はイメージです/PIXTA)

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なぜ、近年「無介助分娩」を選ぶ人が増えているのか

人類が誕生して以来、女性が出産する際には、生活する地域の文化的な営みの中で自然発生的に出産の介助者が現れたとされています。この出産の介助者は「取り上げ婆」などと呼ばれ、明治時代になって「産婆」という名称で資格が与えられ、専門職として認められるようになりました。

 

「産婆」の介助による出産が一般的となる中で、産婆の開業は都市部に集中し、農山部などでは資格を持たない「取り上げ婆」による介助が続き、「産婆」の立会いによらない出産は、「(産婆)無介助分娩」と区別され、問題視される出産となっていきました。

 

そして、戦後出産の施設化と同時に無介助分娩はますます減少し、1975年には0.04%と極一部の出産となり、その後は一定数存在しながらも、あまり着目されることのない状態で推移していました。

 

ところが、近年では、意図的・計画的に無介助分娩(以降、プライベート出産と表記)を行い、その体験を、インターネットなどを通して公開する人たちが現れてきました。

 

出産介助者の歴史的変遷を辿れば、ほんの数十年前まで、日本の出産は生活上の営みの中で「産婆」の介助のもとに行われていました。しかし、現代は生活から切り離された場で医療の管理下に置かれる出産が一般的となっています。

プライベート出産が顕在化した理由

プライベート出産が顕在化した理由として考えられるのは、まず、当事者が社会モデルで出産を捉えていることと、選択して行った出産が自身にとって納得のいく満足な体験となり、それを社会に伝えたい思いがあり、公開するからではないか、そして、実際にプライベート出産を選択する人が増えているからではないかと考えられます。

 

他方、一般社会では、戦後の出産の施設化によって出産の見方の規準が医学モデルへと変化し、医療者の立会いのない出産は「常識外れの(とんでもない)出産」という見方が生み出された結果、目立つようになったのではないかと考えます。 

 

今、コロナ禍の出産環境を考えると、医学モデルのみで捉えることの弊害が見えてきます。

「妊娠」「出産」は本来病気ではないけれど…

妊娠出産は本来病気ではありません。

 

しかし、病院で出産する妊産婦の管理は、院内の感染予防対策に則り行われるため、女性らは家族から隔離された環境で出産し、育児を始めなければならないのです。

 

医療者も、出産する女性も、その家族も本来出産とはどういうものか、どこで誰の立会いによる出産が女性にとって社会にとって望ましいか、考え直す時がきていると思います。