物価が安く、気候が温暖な東南アジアでのセカンドライフを目指す高齢者は多い。若い現地人妻・温かい家族と豪邸で暮らす人も少なくはないが、言語や環境に適応できず、女性にも捨てられて無一文で暮らす人がいるのも事実である。それでも日本で老後を送るよりは…と海外移住を決意した人々には、それぞれ語られるべきドラマがあった。ここでは、フィリピンで長く取材を続けたノンフィクションライターの水谷竹秀氏が、セブ島で暮らす日本人男性・中澤さんの、前妻とのエピソードを紹介する。 ※本連載は、書籍『脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち』(小学館)より一部を抜粋・再編集したものです。
年金12万円、セブ島へ移住…フィリピン人女性と“嘘のような結婚生活” セブ島のビーチ(撮影:水谷竹秀)

順調な生活スタートかと思われたが…目を疑う光景

2人は高知市内の家で暮らした。前妻はやがて市内のフィリピンパブで働くようになり、息子が生まれ、夫婦3人での再婚生活は順調だった。

 

かねてから老後はフィリピンでの生活を考えていたため、中澤さんの意向で前妻と息子が先にセブ島へ渡ることになる。そして自宅を建てるための送金を始めた。

 

「仕事を引退して年金が下りるようになったらこっちに移住しようと思うてました。私の年金額は、一般的に言われる月額平均25万円にはとても及ばない。だから、持ち家があっても日本で十分に暮らせない。それやったらフィリピン人妻もいるから、持ち家を処分してフィリピンに家を買って生活するのが一番ええなあと思うてました」

 

65歳までの中澤さんの年金支給額は、月額換算で12万円。平均額の半分にも満たない。日本で生活ができなくはないが、老後を贅沢に楽しむ余裕はなかった。

 

一方のフィリピンでは、物にもよるが物価は3分の1~5分の1程度。たとえばコンビニで買う瓶ビール1本(330ml)は30ペソ(約80円)、マクドナルドのバリューセットが100~200ペソ(約270~約540円)などとなっており、経済成長を続けるフィリピンの物価は上がっているとはいえ、日本料理店やフィリピンパブ、あるいはゴルフ場に毎日通って散財しなければ、中澤さんの年金額でも十分に暮らしていける。

 

(※) 現地の物価は本書が刊行された約6年前のもので、フィリピンペソの日本円換算レートは2015年7月現在(1ペソ=約2.7円)のレートで計算しています。

 

だからフィリピンであれば少しは楽な暮らしを送れると思ってのことだったが、東日本大震災後、中澤さんがセブ島に住み始めると、前妻とフィリピン人男性がいつの間にか子供を作っていたことが発覚した。

 

見たこともない子供を抱きかかえている前妻から「友達の子供だよ」と伝えられたが、不審に思って問い詰めると白状したのだ。

 

結婚してから妻の実家へ毎月10万円の送金を欠かさなかった生真面目さを後悔したが、すべて後の祭りである。つぎ込んだ額は日本円にして500万円ほど。

 

間もなく婚姻解消を裁判所に申し立てた。フィリピンには離婚制度が存在しないため、婚姻の解消を裁判所に申し立てなければならない。代行業者などによると、手続きには通常日本円で50万円前後が必要という。