「食後は血圧が高くなる」のは本当か?
一般に、食事をすると消化・吸収によって心臓から送り出される血液量(心拍出量)が増えるので、血圧は上がるといわれています。私の患者さんの中にも、「食事をしてすぐに病院に来たから血圧が高くなっている」と、言う人がいます。
私自身も高血圧ですが、食後に血圧が上がっていると感じたことはありません。これには個人差があると思いながらも、ずっと気になっていました。
そもそも血圧は、自分の意思ではコントロールできない自律神経に支配されています。自律神経には交感神経と副交感神経の2種類があり、両者は「促進」と「抑制」という拮抗関係にあります。交感神経が優位になると、体は興奮状態になって血圧が上昇し、心拍数も上がり、胃は弛緩して消化管の蠕動運動を抑えます。
これとは逆に、副交感神経が優位になると、体はリラックス状態になって血圧は下がり、心拍数も落ちつき、胃は収縮して消化管は蠕動運動を促します。したがって、食後は食べた物を消化・吸収するために副交感神経が優位になるので、血圧は下がるはずなのです。
このとき、そこで、食後に血圧は上がるのか、それとも下がるのか、1週間きちんと測定して確かめてみることにしました。その結果、やはり食後の血圧は下がっていたのです。
食後は体が脱水状態になっていた!?
実は、食べたあと、私たちの体は軽い脱水状態になります。これは、血液の一部が胃に取られてしまうためです。
食後は消化・吸収のために血液が消化管の近くに集まってきています。胃の中では食べた物を撹拌するのに必要な胃液を分泌していますが、胃液は血液中の水分からつくられています。つまり、胃液に使われる分、血液中の水分が少なくなるわけです。だいたい700㏄の水分が使われます。
この700㏄という数字は、私の専門分野である透析中のモニターから割り出されました。昔は、どのクリニックでも透析中に食事を出していました。すると、若い患者さんにはほとんど影響がありませんが、高齢の患者さんが食事をしながら透析をしていると、血圧が極端に下がるなど不安定になることがよくあったのです。
透析中は除水をしていくので、だんだん血液は濃くなります。そこで、どこまで濃縮したら血圧が下がってしまうかをモニターで調べたところ、食事後は除水していないにもかかわらず、血液が濃縮されることが分かりました。食事によって胃液が分泌されると、その分の血液が取られて濃くなってしまうのです。その値は700㏄ほどで、これはどこのクリニックでもほぼ同じくらいの量になることから、腎臓の専門医の間では常識となっています。
したがって、食後は血圧が上がるというのは間違いです。高血圧の人でも一時的に20~30くらいは血圧が下がります。そのため、食事をしたあとに席を立つと、めまいや立ちくらみを起こす人がいるほどです。これは、急激に血圧が下がったためです。このような状態を医学的には、「食後低血圧」といいます。
一般に食後低血圧は、自律神経の機能が低下しやすい高齢者に多くみられますが、高血圧や糖尿病に伴う神経障害、パーキンソン病などの人にも起こりやすいので要注意です。
ですから、食後すぐに入浴することも避けたほうが良いでしょう。すでに血圧が下がりぎみのところで入浴すると、副交感神経の働きで血管が開き、さらに血圧が下がってしまいます。血圧が下がることで風呂場で転倒したり、ときには気絶したりすることがあり、湯船に浸かっていたら溺れて命を落とす危険もあります。
食後に血圧が上がる!?
→ウソ
● 食後は誰でも血圧が下がります。すぐに運動したり入浴したりせず、しばらくは消化・吸収の時間と思ってゆっくりとくつろぎましょう。
● 血圧を測る場合は、食後40~50分経ってからがベストです。高血圧の人は、食後の血圧が下がっているから改善したと勘違いしないよう注意しましょう。
天然塩なら、摂り過ぎても血圧は上がらない?
いまや高血圧の原因として「塩分」は代表格です。もちろん私も塩分をかなり控えていますが、塩の話をするとよく精製塩と天然塩の論争になります。天然塩にはミネラルが豊富に含まれているので健康に良く、精製塩はナトリウムだけなので体に悪いというのです。
そこで、果たして本当に天然塩なら摂り過ぎても血圧が上がらないのかを確かめるために、3日間塩分を気にすることなく、むしろ積極的に天然塩を使った味の濃い食事をしてみました。塩味の焼き鳥、野菜炒め、ピザ、ちゃんぽん(スープも飲み干す)、漬け物などのメニューで3日間を過ごしたのです。
すると、日頃は降圧剤を服用して上が120台、下が70~80で安定していた血圧が、天然塩を摂り過ぎた翌日は薬を飲んでも上が138、下が96と見事に数値が上がっていたのです。これが3日間続いたので、やはり天然塩も摂り過ぎれば血圧は上がるといえます。
したがって、降圧剤を服用しているのに血圧が高い人という人は、薬の効き目を阻害するほど塩分を摂り過ぎている可能性があります。なかには塩分に対する感受性の低い人もいるので一概にはいえませんが、恐らく多くの場合で塩分を摂り過ぎると血圧は上がると思われます。
ところが、高血圧の患者さんは、口をそろえて「塩分は摂り過ぎていない」と言います。それもそのはず、長年の食習慣で濃い味つけに家族で慣れてしまい、それが「普通」になっているので味が濃いという自覚がないのです。そのため、家族で高血圧のケースが多いので、いつもの味付けを他人に客観的な立場で評価をしてもらうことも必要です。
実際に、薄味に慣れている私は、外食をするときや知人宅で食事をごちそうになるとき、「味が濃いな」と感じることが多々あります。
塩分を摂り過ぎると、血圧が上昇するメカニズム
では、塩分を摂り過ぎると、なぜ血圧が上がるのでしょう。それは、体内の塩分濃度を一定に保つために体液量が増えるからです。つまり、体は水分を増やして塩分濃度を薄めようとするわけですが、それだけ血液量も増えるので心臓が勢いよく血液を送り出すようになり、血圧が上がるという仕組みです。
体内に水分が増えれば当然、体はむくんできます。したがって、汗をかいたり運動をしたりしたときを除いて、塩分の摂り過ぎには注意したほうが良いでしょう。
塩分を控え過ぎると「低ナトリウム血症」(血液中のナトリウム濃度が低い状態)になるので、かえって健康を損ねると指摘する声もあります。
しかし、私の経験からいうと、低ナトリウム血症になる人は、ほとんどの場合で食の細い高齢者や汗をかいても塩分を補っていない人です。日常の食事で塩分を1g以下にできる人はいません。ある程度は摂取しているものなので、塩分は意識して控えるくらいで丁度良いと思います。塩分を体外に排出できずに溜めてしまうと血圧は上がった状態になります。
また、塩分の摂り過ぎは、胃がんのリスクを高めることにもつながります。注意するに越したことはありません。
余談ですが、このおかげで命拾いした人たちがアメリカに大勢います。アフリカから奴隷船でアメリカに連れて来られた黒人たちです。
彼らの先祖は奴隷船の中で、過酷な環境に耐えることを強いられていたことは想像に難くありません。大半の人は体内の塩分が排出されて低ナトリウム血症となり、脱水で命を落としたと思われます。
それでも環境に耐え、体内に塩分を蓄えることで生き延びた人たちが、無事にアメリカの地を踏めたのでしょう。この生き延びた人たちの子孫は、生命力が強い一方、塩分に対する感受性の高い遺伝子を受け継いでいるので、現在は高血圧になっているケース※が多いのです。
天然塩なら摂り過ぎても血圧は上がらない!?
→ウソ
●日頃から塩分量を意識した食事をしましょう。薄味に慣れても、食べる量が多ければトータルで塩分の摂り過ぎになるので食べ過ぎは禁物です。
●暑い日に汗をかいたり運動をしたりしたときは、逆に体内の塩分濃度が下がっているので補いましょう。熱中症予防につながります。
※参考文献
T. W. Wilson et al., Biohistory of slavery and blood pressure differences in blacks today. A hypothesis, Hypertension, 17(1 Suppl), I122-8,1991