「前の家に帰りたい」半年後、娘にだけ打ち明けた本音
移住から半年が経ったころ、良子さんは首都圏に住む42歳の娘・美咲さん(仮名)に電話をかけました。
「お父さんには言わないでほしいんだけど……私、引っ越さなければよかったと思ってるの」
突然の言葉に、美咲さんは驚いたといいます。
「お父さん、毎日楽しそうだって言ってたじゃない」
「そうなの。夫は毎日楽しそう。でも私は、前の家に帰りたいと思う日があるのよ」
良子さんがつらかったのは、友人と会えなくなったことだけではありません。
以前は自分の都合で買い物や習い事に出かけられましたが、今は外出するにも夫の予定を気にする必要があります。近所付き合いも、則夫さんを通じたものが中心でした。
「家の中も庭も、全部お父さんのやりたいことで決まっていく気がするの。私が何をしたいか、あまり考えていなかったんだと思う」
美咲さんは、まず父親に気持ちを伝えてみるよう勧めました。
数日後、良子さんは夕食の席で則夫さんに話を切り出します。
「私、ここに来てから友達ができなくて、毎日ちょっと寂しいの」
則夫さんは驚いた様子でした。
「そうだったのか。てっきり、のんびりできて喜んでいると思ってたよ」
良子さんは、前の生活に戻りたいと思うことがあると正直に伝えました。ただ、購入した家をすぐに売却して再び引っ越すことにも抵抗がありました。
そこで夫婦は、まず良子さんが一人でも外出しやすい環境を整えることにしました。
市街地の文化施設で開かれている講座を探し、月に数回参加することに。また、以前の友人に会うため、定期的に首都圏へ出かける予定も立てました。
「今でも前の家が恋しくなることはあります。でも、ここでの暮らしを全部諦める前に、自分の楽しみも探してみようと思っています」
内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』では、60歳以上の人が現在の地域に住み続けたい理由として、地域への愛着や生活の利便性、人間関係などが挙げられています。
高齢期の住み替えでは、住宅の価格や間取り、自然環境などに目が向きがちです。しかし、日々の買い物や外出、友人との交流といった生活の条件も、移住後の満足度に関わります。
夫婦で移住を考える際には、それぞれが新しい土地でどのように一日を過ごすのか、具体的に想像しておくことが大切です。住み慣れた地域を離れることで失うものも確認し、双方が納得できる生活の形を考える必要があるでしょう。
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