定年後の生活で「孫の世話」に奔走するシニア世代は少なくありません。しかし、家族のサポートを優先するあまり、自分たち夫婦の時間を後回しに……。15年間「孫ファースト」を続けた夫婦の事例から、後悔のない老後を送るための計画性について考えていきます。
「何もできなかったな…」〈年金月25万円・75歳夫婦〉、15年間「孫ファースト」の末に気づいた「老後に失ったもの」 ※写真はイメージです/PIXTA

「そのうち」は来なかった

15年続いた「孫ファースト」の生活。送り迎えは必要なくなり、休日に預かる機会もなくなりました。

 

「これからは二人の時間を楽しんでくださいね」

 

長男夫婦からそう言われ、定年で仕事を辞めたころのことを思い出しました。現役時代、家族旅行に出かける機会も数回だったというほど、忙しくしていた斎藤さん。「仕事を辞めたら絶対に行こう」と決めていた場所があります。

 

「若いころ、ウユニ塩湖の写真をみて、いつか絶対に行こうと言っていたんです。ウユニ塩湖だけでも1週間は必要だから、定年後、ご褒美として行こうと」

 

ほかにも行きたいところは色々とありました。マチュピチュ、アンテロープキャニオン、ナミブ砂漠、パタゴニア、ギアナ高地……高齢者には厳しいところだから、定年を迎えた直後くらいがチャンスと言っていましたが、定年退職と同じタイミングで初孫誕生。老後の夢を思い出すこともないほど、孫育てで忙しい毎日が始まったのです。

 

75歳、後期高齢者――海外でもアクセスのよいところであれば、これからも行ける場所はあるかもしれない。しかし、そんな矢先、徹さんは右膝に痛みを感じるようになります。診断は変形性膝関節症。

 

「歩けるうちは歩いてください。でも長距離の旅行は、これから少しずつ厳しくなるでしょう」

 

医師の言葉に、夫婦は「まだ大丈夫」と笑っていました。ところが、その半年後、今度は恵子さんに異変が起きます。健康診断で心臓の病気が見つかり、手術を受けることになったのです。

 

手術は成功、命に別状もありません。それでも以前のように長時間歩いたり、何日も旅行を続けたりする生活は勧められなくなりました。退院後、自宅で旅行雑誌を片づけながら、恵子さんがぽつりと口にしました。

 

「海外、行けなかったね」

 

その言葉に、徹さんは返事ができませんでした。

 

「孫との時間を後悔しているわけじゃない。本当に幸せだった」

 

そう前置きしたうえで、続けます。

 

「自由な時間は、あとからいくらでも作れると思っていた。そのうち旅行へ行こう……しかし、その『そのうち』が来なかった。夫婦でしか過ごせない時間は思っている以上に短かったですね」

 

内閣府『令和8年版高齢社会白書』 によると、日本の高齢者(65歳以上)が生きがいを感じる時として「子供や孫など家族との団らんの時」を挙げた割合は53.6%。また75歳〜84歳の高齢者の中で「要支援」または「要介護」の認定を受けている人の割合は、要支援が6.1%、要介護が11.4%に達します。心身ともに元気に動ける時間には限りがあります。

 

「そのうち」と夢を先送りにせず、夫婦二人の時間を大切にする計画性こそが、後悔のない老後を送るためには必要不可欠。「『そのうち』ではなく、『いま』夫婦の時間を作る大切さに、もっと早く気づくべきでした」と、斎藤さん夫婦は静かに振り返ります。