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「普通は〇〇ですよ」…正論で追い詰められていく日常
マエダさん(仮名/51歳)が異変を感じはじめたのは、数年前に現場の統括を任される管理職に昇進してからでした。
当時、配属されてきたある年下の部下(29歳)に対し、マエダさんは上司として業務を教えていました。社内調整の手順や顧客へのアプローチ方法、提出書類のチェックまで丁寧に指導し、「困ったことがあればいつでも相談して」と声をかけるなど、良好な関係を築いていると思っていたのです。
ところが、デジタル化や業務プロセスの刷新が進むと、2人の関係に変化が生じます。導入された新システムやデジタルツールに対し、飲み込みの早い部下はすぐに操作を習得しました。一方、マエダさんはシステム操作に手惑うことが増え、確認ミスや不慣れな入力で部下にフォローを頼む場面が目立つようになります。次第に、その部下は容赦ない言葉を浴びせるようになります。
「一番長く働いているのに、なんでこんなに仕事ができないんですか? フォローするこっちの身にもなってください」
「昨日も同じこと聞いていましたよね? 同じ質問を繰り返されると、うんざりするんですが」
「マエダさん、いちいち声が大きくてうるさいです」
部下からの指摘は、一見すると仕事上の「正論」のように聞こえました。しかし、その語気と態度はあからさまな拒絶と軽蔑に満ちています。さらにその部下は、ことあるごとに『普通は〇〇ですよ』と言ってくるのが癖でした。
「普通は一回で覚えますよ」「普通に考えればわかりますよね」
来る日も来る日も「普通」を引き合いに出され、正論を振りかざされるうちに、マエダさんは次第に思考が麻痺していきました。「自分が無能だから悪いんだ」「自分がおかしいのか」と自責の念に駆られ、なにが「普通」なのかさえわからなくなっていったのです。
身体の悲鳴
追い打ちをかけたのは、ある同僚からの密かな指摘でした。社内で使われていたチャットツールで、例の部下を中心に、マエダさんの実名を挙げて「無能」「早く辞めればいいのに」と激しい陰口を叩いていることを教えられたのです。
職場で自分の居場所が失われたと感じたマエダさんの精神は、限界を迎えていました。
ほどなくして、心身に深刻な症状が現れはじめます。朝、目が覚めると激しい動悸と吐き気に襲われ、ベッドから起き上がれなくなる。出社しようと駅のホームに立つと足がすくみ、冷や汗が止まらない。オフィスでパソコンを開いても、画面の文字が頭に入らず、指先が震えてキーボードが打てない――。
不眠と不安定なメンタルの状態が続き、病院を受診したマエダさんに告げられた診断は「適応障害」でした。主治医からは休職と療養を指示され、半年間休職したのち、「あそこに戻ることはできない」と退職を決意しました。