人生の大きな節目である「定年退職」。激務から解放され、これからは夫婦二人の時間が待っているはず――。しかし、そんな期待とは裏腹に、長年「当たり前」として続いてきた役割分担や力関係が定年を境に音を立てて崩れ去ることもあります。隠れていた夫婦間の力関係や価値観の違いが露呈し、ある日突然「思いもよらない決断」を突きつけられることも。1組の夫婦の事例を見ていきましょう。※事例の人物名はすべて仮名です。
「もう俺の役目は終わったよな」退職金2,900万円・55歳銀行員の夫、定年を機に突き付けた熟年離婚。扶養内パートの妻が青ざめたワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

退職金2,900万円を受け取った夜、夫が口にした「冷酷な宣告」

二人が結婚した当初、夫のマナブさんにとって妻のトモミさんは「俺についてきてくれるかわいい人」であり、トモミさんにとってもマナブさんは「銀行勤めでお金の管理も任せられる頼もしい人」でした。当時の世間ではごくありふれた、ごく自然な夫婦の姿でした。

 

それから30年あまりの月日が流れた秋。

 

「子どもたちも一人立ちしたし、もう俺の役目は終わったよな。これからはお互い自由になろう」

 

銀行を55歳で定年退職した夫のマナブさんからリビングでそう切り出されたとき、妻のトモミさん(52歳)は自分の耳を疑いました。

 

突然の離婚宣告。マナブさんは銀行の定年制度に伴い、2,900万円というまとまった退職金を受け取り、翌月からは関連会社への出向が決まっていました。トモミさんが用意した、夫の再スタートを祝うささやかな夕食を終え、くつろいでいた矢先のことです。

 

結婚以来、トモミさんは家事や子育てを優先し、夫の扶養枠を超えない範囲でパート勤務を続けてきました。世帯の資産形成や銀行口座の管理はすべてマナブさんが握っており、毎月決まった生活費を受け取る生活。トモミさん名義の預金は、パート代から細々と貯めた数十万円程度しかありません。

 

青ざめるトモミさんを前に、マナブさんは退職金が振り込まれた通帳を示しながら続けました。

 

「退職金も俺の稼ぎだし、出向先の給料も俺の口座に入る。当面の生活費は渡すから、早めに別々の道を歩もう」

 

夫の言葉に、トモミさんの脳裏には複雑な思いが駆け巡りました。

 

「夫は一家の稼ぎ手として、懸命に働き、私と子どもたちを養い、父親や世帯主の役割を果たしてきたのだから、自由になりたいと思ったのかもしれません。ですが、夫婦で力を合わせてきたはずなのに、夫にとっては自分一人で稼ぎ、自分一人で成し遂げたものだったのか……」

 

長年、重圧に耐えて家族を支えてくれた夫の気持ちがまったく理解できないわけではありませんでした。当面の生活費は出すとはいわれたものの、「残りの人生は一人」と宣告された恐怖と不安。トモミさんはショックのあまり、その場に立ち尽くすしかありませんでした。