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父の遺産が消えていく
そんななか、事態が大きく動いたのは今年の春のことでした。久しぶりに実家へ帰省した美咲さんは、以前よりも母の暮らしぶりが質素になっていることに気づきます。冷蔵庫には必要最低限の調味料しかなく、エアコンは暑い日でも「電気代がもったいないから」とほとんど使われていません。買い物へ行くたび、母は数十円単位で値札を見比べています。
「そんなに節約しなくても、いざとなったら、お父さんが残したお金があるでしょう?」
そう尋ねても、久美子さんは「大丈夫よ」と笑うばかりでした。その様子が気になった美咲さんは、母が買い物に出ている間、父の遺産を管理している通帳を見てしまいます。
残高は約120万円。
夫の退職金や預貯金を合わせ、1,300万円近くあったはずの口座です。さらに目を疑ったのは取引履歴でした。
毎月ほぼ同じ日に、「100,000円」の出金が何ページにもわたり記録されていたのです。
母が帰宅すると、美咲さんは「この10万円、何に使っているの?」と通帳を差し出しました。久美子さんはしばらく黙っていましたが、やがて「直樹に渡していたの。生活が苦しいって言うから……」と答えました。
最初は一時的な援助のつもりでした。しかし、「今月だけ」が何年も続き、気づけば毎月10万円を渡すことが当たり前になっていたそうです。その話を聞いていた直樹さんは、悪びれる様子もありませんでした。
「給料だけじゃ足りないんだよ。母さんがくれると言ってくれたからもらっただけ」
「スマホ代も払ってもらって、食費も光熱費もお母さんに払ってもらっている。何にそんなにお金が必要なの?」
「必要というか……家族なんだから普通だろ」
さらに久美子さんは直樹さんを責める言葉は一切言いません。
「美咲は結婚しているけど、直樹は一人だから」
その言葉を聞いて、美咲さんは黙り込みました。母は、兄を甘やかしているつもりはなく、本当に心配している。
兄は自分が母親の負担になっているとは考えていない。そこに気づいた瞬間、怒りよりも疲れが大きくなりました。
母を説得することも、兄を変えようとすることも、今の自分にはできない――そう考えた美咲さんは、しばらく距離を置くことに決め、「しばらく、来るのやめるね」と言って実家を後にしました。
「待って。このままお金が底をついたら、どうやって生きていけばいいの……」
久美子さんの悲痛な言葉が後ろから聞こえてきました。
(そこまでわかっているなら、自分たちでどうにかしてよ)
あとは、自分たちでどうにか変わってもらい、どうにかしてもらうしかない――美咲さん、今では必要最低限の頻度でしか帰省することはなくなったといいます。