毎年恒例となっている家族の帰省。楽しみだったはずの時間に、どこか違和感や寂しさを抱えた経験はないでしょうか。子の成長や生活様式の変化に伴い、従来の帰省スタイルに戸惑う親世代は少なくありません。ある夫婦の選択をきっかけに、お互いにとって真に心地よい家族の距離感や親孝行のあり方を考えます。
「5時間もかけて帰省して、何やってんだろう…」年金月28万円・70歳夫婦、帰り際の長男家族に「もう来なくていい」と言い放ったワケ ※写真はイメージです/PIXTA

5時間かけて来ても意味ない…

長男一家は車でやってきます。高速道路は渋滞し、自宅から実家まで約5時間¥。ガソリン代や高速料金だけでも往復で2万円近くかかります。

 

「疲れたよ」

 

そう言って到着した長男もパソコンを開いて仕事のメールを確認することもあります。共働きで忙しく、お盆休み中も完全には仕事を離れられないといいます。

 

山田さん夫婦は「来てくれるだけありがたいと思わなきゃ」と言いつつも、茂さんの胸には別の思いが膨らんでいました。昼食代、夕食の買い出し、寿司や刺し身、孫の好きな肉、飲み物、お菓子……。4日間で使うお金は、毎回5万~6万円。少なくありませんが、家計を圧迫する金額ではありません。

 

それよりも気になったのは、お金ではなく、その時間でした。

 

「せっかく5時間もかけて来て、ゲームして、ご飯食べて帰るだけか……」

 

何度も客間の前を通るたび、笑い声はヘッドセットの向こうの友達へ向けられています。リビングでは長男がパソコンとにらめっこしています。

 

遠く離れて暮らす家族だからこそ、「一緒にいる時間」に期待してしまう――しかし、昔と同じように過ごすというのは難しくなっていることが明らかでした。

 

帰省最終日。荷物を車に積み込み、長男一家が帰ろうとしたときでした。茂さんは、見送りながら静かに口を開きました。

 

「来年からは、無理して帰って来なくてもいいぞ」

 

長男は驚いた表情を浮かべます。

 

「え、どうしたの急に」

「いや、本当にそう思ったんだ。高速も混むし、ガソリン代だって安くない。5時間もかけて来て、みんな疲れてるだろう」

 

長男は少し困ったように笑いました。

 

「でも、お父さんたちに会わせたいし……」

 

その言葉を遮るように、茂さんは続けます。

 

「正直に言うと、5時間もかけてやってきて、何やってんだろうって思ってね。子どもたちを責めてるんじゃない。あの子たちはあの子たちの生活があるから、そろそろ毎年の習慣を見直すべきなんだよ」

 

美智子さんも、隣で小さくうなずきます。

 

「会いたくなったら、今度は私たちが東京へ行けばいいし、たまには東京のお友だちにも会いたいし。そのついでにご飯でも食べられたら、いいんじゃないかしら」

 

その帰省以降、毎年の習慣は変わりました。

 

お盆に帰ってくるのは長男だけ。車だと疲れるからと、新幹線と電車でやってきます。父親が実家に帰っている間、孫たちは部活や勉強を頑張っているそうです。

 

過ごしやすい季節には、山田さん夫婦は2人で東京に旅行に行きます。それぞれが、それぞれの友人に会うなど、別行動も多いそうです。そして1日だけ、昼食か夕食のタイミングで、長男家族と“ちょっといいご飯”を食べにいきます。店を見つけるのは2人の孫。SNSで見つけたところに連れて行ってくれるといいます。

 

誰にも気を遣わず、無理をしない、夫婦であっても別行動もあり――そんなスタイルが定着しつつあるといいます。
国立社会保障・人口問題研究所の『第7回全国家庭動向調査』によると、「年をとった親は子ども夫婦と一緒に暮らすべきだ」という旧来の考え方への賛成割合は26.5%まで低下。また、「親の介護は家族が担うべきだ」に賛成する有配偶女性の割合も36.2%にとどまり、伝統的な家族の義務感は急速に薄れています。

 

一方で、夫婦一緒の「旅行」の割合が49.2%と過半数を割り込むなど、余暇の個別化も進んでいます。「親孝行=一律の帰省」という規範を捉え直し、別行動を許容しながら適度な距離感で集う山田さん夫妻の選択は、無理をせずにお互いの自立を尊重し合う、成熟した家族関係のあり方を映し出しています。