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夫婦だけの時間で見えた現実
転機になったのは、子どもの独立と佐藤さんの定年でした。仕事を辞め、家にいる時間が増えました。すると、それまで子育てや仕事に向けられていた時間が、夫婦2人の時間になりました。そこで改めて感じたのが、生活リズムや価値観の違いでした。
「朝起きる時間も違う。休日の過ごし方も違う。テレビを見る番組も違う。若い頃なら、お互いに合わせればいいと思えました。でも、退職して毎日一緒になると、積み重なっていた違和感が大きくなりました」
佐藤さんは、妻との関係について何度も考えたといいます。離婚すれば、経済的な負担が増えることは分かっていました。夫婦で暮らせば、生活費を分担できます。しかし、一人で暮らせば、家賃も食費もすべて自分で負担しなければなりません。
厚生労働省『令和6年簡易生命表』によると、65歳男性の平均余命は19.53年です。年金を受け取り始めてからの人生、まだ約20年続く可能性があります。その間、違和感を抱えながら生きていく。それがお互いのためにいいのか——離婚を切り出したのは、徹さんからでした。「自分のわがままに付き合ってもらうのだから、すべての預貯金と家は妻に」と申し出たといいます。
「妻からは『今さら離婚してどうするのか』と言われました。当然だと思います。38年一緒にいた相手ですから」
それでも、最後は別々の道を選びました。最終的に、家を出て新生活をスタートさせるための50万円のほかは、家も含めてすべて妻に譲りました。当初は民間のアパートを借りていましたが、家賃を払い続けることを考えて市営団地に申し込み、この春から入居が決まりました。
「今はアルバイト代が月に10万〜15万円ほどある。それがなくなって年金だけになっても、家賃は払っていける。安心です」
料理は大の苦手ですが、将来のことを考えて、基本的に自炊をしています。毎回のように「失敗した……」と言いながら食事をしているといいます。
「それでも、どこか居心地の悪さを感じながら暮らすよりも楽しい」
将来、大病を患ったり、介護が必要になったりするかもしれない心配もあります。
「それでも、我慢して生きていくよりいい」
すべてが自分次第。お金がなくても、将来が不安でも、今が幸せ——。「これが正しい選択だったのかは、最後にならないと分からないと思います」と話しながらも、現在の生活を変えるつもりはないと佐藤さんは笑います。