厚生労働省『雇用動向調査』によると、介護・看護を理由に離職した人は年間7万~10万人程度で推移しています。高齢化が進むなか、家族が仕事を辞めて介護を担うケースは珍しくありません。しかし、介護離職は収入を失うだけではなく、介護する側の心までも追い詰めることがあります。そんな現実に直面した家族の事例を通して、その実態をみていきます。
お前なんか産まなきゃよかった…「認知症・82歳母」の暴言に「55歳息子」の心が折れた日、介護離職への後悔

毎日のように暴言を浴びて…

和子さんの認知症は少しずつ進行しました。穏やかだった性格は、別人のように怒鳴る日が増えていきます。

 

朝食を運ぶと、「あんた誰?」と言われ、名前を伝えても「うそつき」と罵られます。ある日は、「財布を盗んだ」と疑われ、大声が近所の人にまで聞こえて大騒ぎに。ちなみに財布は和子さん自身がタンスにしまっていました。説明しても納得しないのです。

 

「あんたの顔なんか見たくない」

「出ていけ」

「私を殺す気なんだろ」

 

そのような言葉を毎日のように浴び続けました。医師からは「認知症の症状です。本人に悪気はありません」と説明されています。頭では理解していました。それでも和子さんの一言ひと言に、どうしても反応してしまうのです。

 

夜中に何度も起こされる生活も続きます。「家へ帰る」と言って玄関を開けようとする和子さんを止めます。一日の睡眠時間は4時間ほどになりました。介護を代われる家族はいません。友人からの誘いも断るようになりました。気付けば、最後に美容室へ行ったのがいつだったか思い出せなくなっていました。

 

そして、その日が来ました。和子さんは朝から機嫌が悪く、食卓をひっくり返しました。味噌汁が床に広がります。健一さんは黙って雑巾を取りに行きました。すると背後から声が飛びます。

 

「お前なんか産まなきゃよかった」

 

手が止まりました。次の瞬間、健一さんは雑巾を床に置いたまま自室に入り、鍵を閉めます。和子さんは外で何か叫んでいました。しかし、その声はもう耳に入りませんでした。

 

「もう無理だ」

 

後日、地域包括支援センターに和子さんを施設に入れる相談をしたといいます。

 

「仕事を辞めたら、母を最期まで看ることができると思っていた。その前に限界を迎えるなんて……」

 

施設での生活が落ち着いたら、再就職を目指すつもりだという健一さん。ただ50代も後半。以前のような条件で働くことができるか……不安でしかないといいます。

 

前出の厚生労働省の調査によると、健一さんと同年代である55〜59歳男性が一般労働者として新たに就業できる割合(転職入職率)は、わずか4.3%という狭き門です。また幸運にも50代後半(55〜59歳)で再就職できたとしても、前職より賃金が「減少」した人の割合は4割弱。大幅な収入ダウンを余儀なくされるケースが後を絶ちません。

 

「何としても会社は辞めるべきではなかった。今さら後悔しても遅すぎますよね」