十分な資産を得て早期リタイアを果たしても、家庭内の摩擦や社会的孤立に直面することも。金銭的ゆとりがあっても、夫婦の距離感や生活リズムの崩れは関係を急速に悪化させる――なぜリタイア後にすれ違いが生じるのか。ある夫婦の事例から、良好な夫婦関係と自身の役割を再構築するためのポイントを見ていきます。
「夫のFIREなんて迷惑です」〈年収800万円・45歳妻〉と〈資産1.5億円・48歳夫〉、家庭崩壊の危機を救った「夫の行動」 ※写真はイメージです/PIXTA

「1.5億円FIRE」の夫がリビングの置物に

「正直言って、夫のFIREは私にとって迷惑でしかありませんでした。『お金があれば幸せー』なんて大嘘です」

 

そう語るのは、都内の大手メーカーで働く木下美咲さん(45歳・仮名)です。年収は800万円。中学生になる14歳の息子は、大学附属の私立中学校に通っています。夫の誠さん(48歳・仮名)は元IT企業のエンジニアで、株式投資や暗号資産の運用によって資産1.5億円を突破。配当金など、年間約480万円(税引後)の不労所得を得ていました。

 

対して、木下家の毎月の支出は40万円ほど。誠さんの不労所得だけでも生活できる――こうして誠さんは念願のFIREを達成したのです。

 

誠さんからFIREすると言われたとき、美咲さんの反応は?

 

「世帯で見たとき、実質収入が大きく減るようなもの。家計は厳しくなりますよね。だから『はい、いいですよ』とは言えませんでした」

 

厚生労働省『2025(令和7)年 国民生活基礎調査』によると、「児童のいる世帯」の1世帯当たり平均所得金額は857.3万円に上ります。その所得構造を見ると、働いて得る「稼働所得」が797.8万円と全体の93.1%を占めており、「会社に勤めて稼ぐ」というのが子育て世帯の家計の主流です。一方で、配当などの「財産所得」の平均はわずか8.4万円。夫・誠さんがFIREを果たした木下家が、いかに少数派かがわかります。

 

これまで夫婦共働きという多数派だった木下家。すぐに答えが出ないのも当たり前です。熟考の結果、「共働きですが、家事のほとんどを私がやっている。これからは親の介護とか、そのような問題も出てくるかもしれない。私に代わって夫が率先してやってくれるなら、それはそれでいいかなと思ったんです」と、最終的に誠さんのFIREにゴーサインを出したと語ります。

 

しかし、その目論見はあっという間に崩れ去ります。

 

「夫が四六時中家にいる――想像を絶するほどのストレスでした」

 

掃除も洗濯もやっているし、料理もしてくれる。ただどれも雑で二度手間になりました。美咲さんは「いずれ上達するだろう」と目をつぶっていましたが、なかなか上達しない……そうなると、人はやる気をなくすもの。誠さんは段々とリビングのソファから動かなくなりました。朝から晩までスマートフォンで株価をチェック、空いた時間もYouTubeを観るかソーシャルゲームに興じる毎日。掃除や洗濯は美咲さん担当に戻り、料理もスーパーで買った惣菜が並ぶ日々が続くようになりました。

 

「いつでも家に夫がいる。でもただ家でダラダラしている。『何もしてないなら、家事をちゃんとやって』と言うと、『俺は会社に行っていないだけで、きちんと稼いでいる』と怒るんです。確かにそうなんですが……ストレスで限界でした」