(※写真はイメージです/PIXTA)
今日の夕食は89円
都内近郊で暮らす佐藤健一さん(48歳・仮名)。スマートフォンのメモ画面には、細かな数字が並んだ家計簿。
「もやし29円、豆腐30円、納豆30円。計89円。夕食は100円以下に抑えています」
月収は約25万円。フルタイムで働いています。手取りは20万円を少し下回る程度。夕食代を細かく記録する生活を続けています。
「別に節約が趣味ではありません。気が付いたらこうなっていました」
佐藤さんは大学卒業時、希望する仕事に就くことはできませんでした。当時は就職氷河期のなかでも、最も大変だったタイミング。結局、アルバイトや契約社員を転々とし、30代前半でようやく正社員に。しかし勤務先の業績悪化で退職。その後は派遣社員、契約社員、業務委託など雇用形態が変わり続けました。現在は物流関連企業で働いています。
「今の職場は5年目です。給料は以前より安定していますが、正社員ではありません」
手取り20万円から引かれるのは、家賃7万2000円、水道光熱費や通信費約2万円。食費も月1万円台に抑えています。それでも余裕はほとんどありません。
「毎月2万円ほど残ればいいほうです」
問題は、ここから先でした。
「預金は120万円くらいです」
48歳の一人暮らしということを考えると、決して多い金額とはいえません。しかし佐藤さんは、その金額自体より別のことを気にしていました。
「120万円あっても安心感は全然ありません。むしろ足りないことだけが分かります」
現在の勤務先には退職金制度がありません。企業年金もありません。厚生年金には加入していますが、転職や非正規雇用の期間が長かったため、将来受け取れる年金額にも不安があります。
「65歳以降の話を考えると、貯金より先に計算が止まります」
総務省「労働力調査」の2025年平均結果によると、非正規雇用者は2128万人で、雇用者全体の36.5%を占めています。約3人に1人以上が非正規雇用という状況。佐藤さんも、その一人です。ただ、本人は非正規雇用そのものより、「積み上がらなかった時間」を問題視しています。
積み上がらなかった時間と、見えてしまう現実
「20代で正社員になれなかったことより、その後もずっと立て直せなかったことが大きいと思います」
30代で転職、そして失業。40代は低いところで収入は安定するも、気付けば50歳が見えてきました。
「昔は年収を上げれば何と何とかなると思っていました。でも今は違います」
給与明細を見ながらそう語ります。実際、現在の収入は20代より高くなっています。それでも将来不安は強くなっています。理由は単純です。老後まで残された時間が短くなったからです。
「仮に毎月3万円貯めても年間36万円です。10年で360万円。計算すると現実が見えてしまいます」
内閣府『就職氷河期世代の就業等の実態や意識に関する調査(2024年3月)』によると、45~54歳の不本意非正規雇用労働者のうち、個人年収「200万円以上400万円未満」が52.0%を占め、400万円未満は約93%に達します。また同層の54.0%が現在の生活に「不満」を抱えています。佐藤さんのような低収入の固定化と将来不安は、同世代の非正規層に共通する深刻な実態です。
最近は同世代の友人と会う機会も減りました。ほぼ全員が結婚して家庭をもっています。住宅ローンを完済した、という噂を耳にしたことがあります。あまりに立場が違いすぎました。
「話が合わないんですよ」と、苦笑するしかありません。
前出調査によると、45~54歳の正規雇用労働者で「配偶者はいない」割合が56.6%なのに対し、同年代の不本意非正規雇用労働者では86.2%に上ります。雇用の不安定さが家庭を持つハードルとなり、同世代のコミュニティから孤立してしまうという、就職氷河期世代が抱える構造的な苦境がデータからも読み取れます。
休日は自宅で過ごすことが増えました。外食もほとんどしません。以前は節約のためでしたが、今は別の理由もあります。
「お金を使うと、後で計算してしまうんです」
1000円のランチ。3000円の飲み会――そのたびに、将来の貯蓄額が頭に浮かぶといいます。だからお金を極力使わないことを選択しました。
投資も検討したことがあります。新NISAについても調べました。しかし結論は出ませんでした。
「投資は余裕資金でやるものだと思っています。今の自分には、その余裕資金がありません」
資産形成が必要なことは理解しています。ただ、そのスタート地点に立てない感覚があるといいます。
そんな佐藤さんにとって、今いちばん不安なこととは――。返ってきたのは、老後資金でも年金額でもなく、「病気です」という即答でした。
「働けなくなった瞬間に全部止まります。貯金も生活も将来の計画も。終わりですよ」
就職氷河期の影響を、いまだに引きずる佐藤さん。突然すべてが終了してしまうかもしれないという恐怖のなかを、今も生きています。