熟年離婚は今や珍しい話ではありません。長年の不満を抱えた末、退職金や年金分割制度を見据えて離婚を選ぶケースも増えています。しかし、その判断が思わぬ誤算につながることもあります。年金分割への期待を支えに60歳で離婚を決断した女性の事例を通じて、老後資金設計の見落としが招く現実をみていきます。
「今までありがとう。それじゃあ解散で」〈退職金2,500万円〉60歳定年夫、35年連れ添った妻との〈熟年離婚〉を選んだ理由

夫婦そろって「離婚届」を提出

「今までありがとう。それじゃあ解散で」

 

区役所を出たあと、元妻の由美さん(59歳・仮名)に声をかけた佐藤雅人さん(60歳・仮名)。大学卒業後に就職した大手メーカーで定年を迎えた佐藤さんは、退職金として約2,500万円を受け取りました。そしてこの日、2人は離婚届を提出したのです。

 

「こちらこそ。長い間お疲れさまでした」

 

もっとも、この離婚は突然の決断ではありません。実は数年前から、夫の定年を迎えたら夫婦関係を解消し、それぞれの人生を歩もうと話し合っていたのです。

 

不仲だったわけではありません。

大きな喧嘩があったわけではありません。

不倫や借金などの問題もありませんでした。

 

それでも2人は、人生の後半を迎えるにあたり、「これから先は別々に暮らしたほうが、お互いに納得できる人生になる」と考えるようになったのです。

 

厚生労働省『人口動態統計月報年計(概数)の概況(令和7年)』によると、同居期間20年以上の夫婦による離婚は離婚全体の2割を超えています。一方で、その理由は必ずしも夫婦間の深刻な対立とは限りません。

 

佐藤さん夫妻もまた、長年の話し合いを経て「円満な熟年離婚」を選択した夫婦でした。

子育てと仕事が終わったあとに見えた夫婦のかたち

佐藤さんは25歳で結婚しました。会社員として働き続け、由美さんは専業主婦として家庭を支えました。2人の子どもを育て上げ、住宅ローンを完済し、双方の親の介護も経験しました。

 

「その時々の課題をこなすことに精一杯でした」

 

佐藤さんは振り返ります。夫婦関係に問題があったわけではありません。ただ、子育てが終わり、介護もひと段落した50代半ばごろから、これまでとは違う話題が増えていきました。

 

老後をどう過ごすか。

 

「子どもが独立してから、これから先の人生について話す機会が増えました」

 

由美さんはそう語ります。佐藤さんは地方で暮らしたいと考えていました。趣味の釣りを楽しみ、自然の近くで生活したいという希望がありました。

 

一方、由美さんは長年暮らした首都圏を離れるつもりはありませんでした。友人とのつながりや地域活動を続けたいと考えていたのです。どちらの希望も、長年家族のために優先順位を下げてきたものでした。