高齢ドライバーによる事故が社会問題として繰り返し報じられるなか、家族にとって悩ましいのが「免許返納」をどう切り出すか。運転をやめてほしい気持ちはあっても、本人の生活や尊厳に関わる問題だけに簡単ではありません。東京都に住む女性も、78歳の父親との間で同じ葛藤を抱えていました。強い拒絶の末に起きた出来事は、老後資金の計画さえ大きく狂わせるものでした。高齢ドライバー問題の現実を、一つの家族の事例からみていきます。
「俺から自由を奪う気か!」〈年金月16万円〉78歳父が免許返納を激しく拒否。数ヵ月後、娘の元へ届いた「震える声の着信」と代償 (※写真はイメージです/PIXTA)

車を失った後の2つの大問題

車を手放した翌月。和雄さんの生活費は目に見えて変わりました。

 

病院への往復はタクシー。

買い物もタクシー。

釣り仲間との集まりに行くにもタクシー。

 

月額の交通費は、それまでのガソリン代や維持費を大きく上回る約3万5,000円になりました。年金16万円から、食費4万円、光熱費1万8,000円、通信費8,000円、医療費1万5,000円を差し引くと残りは多くありません。そこへ交通費が加わります。

 

さらに事故後の精神的な落ち込みから外食が増え、支出管理も甘くなりました。

 

「車があったころのほうが金はかからなかった」

 

和雄さんはそう漏らしました。しかし、遅かれ早かれ、こうなったと由美さんは思っています。

 

由美さんは地域包括支援センターに相談しました。そこで初めて、自治体の移動支援サービスや高齢者向け送迎制度の存在を知ります。通院支援や乗合交通など、利用できる仕組みはいくつもありました。

 

家計への負担は幾分減ることが期待されます。しかし、運転をしていたころと比べて和雄さんは気力を失い、年齢以上に年老いた気がします。足元がおぼつかなくなり、以前よりも歩幅が狭くなったように感じます。

 

「免許を返せというだけでは、いけなかった」

 

由美さんは悔やみました。免許返納の話をするとき、車を失った後の代替手段まで具体的に示せていなかったからです。「危ないからやめて」だけでは、和雄さんは納得しなかったでしょう。運転を続ける理由は、自尊心そのものだったからです。

 

高齢ドライバー問題は、事故そのものだけがリスクではありません。

 

まずお金の面。事故後の修理費、買い替え費用、生活手段の再構築、増え続ける移動コスト。そうした支出が老後資金を削っていきます。

 

そして老化・認知症。国立長寿医療研究センターの調査によると、運転を中止した高齢者は、運転を継続していた高齢者と比較して、要介護状態になる危険性が約8倍に上昇することが明らかになったといいます。

 

車を失った後、どう暮らしていくのか。その準備まで含めて考えなければならない現実があります。