厚生労働省のデータによると、年金の「繰上げ受給」を選択する人はわずか0.7%にとどまります。多くの人が「減額される損」を避けるなか、定年退職と同時に完全リタイアしたトシゾウさん(仮名・65歳)は、60歳で年金を前倒しで受け取る道を選びました。年金事務所で「一生減りますよ」と忠告され、受給額が月10.5万円に減額されるデメリットを受け入れてまで早期受給を貫きましたが、その表情に後悔の色は一切ありません。7,000万円もの資産を持つ彼が、お金の損得を捨ててでも手に入れたかったモノとは。
年金事務所の「一生減りますよ?」にも迷わず60歳で〈繰上げ受給〉を選択。65歳男性が〈年金月10.5万円〉に減額でも後悔ゼロなワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

「年金が減っても満足です」年金減額でも“後悔ゼロ”だと断言するワケ

トシゾウさんは65歳になった現在、当時の判断が「間違いではなかった」と確信しています。

 

世間では損得勘定ばかりが注目されがちな年金制度ですが、無収入のまま貯金を削って暮らすよりも、たとえ減額されても毎月定額の年金が振り込まれる精神的な安心感は、トシゾウさんにとって想像以上に大きなものでした。

 

そして何より、トシゾウさんが繰上げ受給を決断した最大の理由は「体力」です。

 

「年金が減っても、まだまだ体が動かせる時間を自分のために使えたので満足です。もし65歳まで我慢して働き続けていたら、今から車中泊で九州一周なんて、腰が痛くて無理ですね」

 

トシゾウさんは独身のため、財産を誰かに遺す理由もありません。残された時間のなかで資産と年金を上手に使い切り、寿命を迎える瞬間に通帳残高もゼロにするのが理想だといいます。将来への不安を捨て、動ける「今」を優先したトシゾウさんに、後悔の念はありませんでした。

繰上げ受給はわずか0.7%…「健康寿命」と「資産」から見えてくる〈シニア期の生き方〉

年金を減額してまで早期に受け取る「繰上げ受給」は、一般的には敬遠されがちな選択肢です。実際に厚生労働省の「厚生年金保険・国民年金事業の概況(令和6年)」を見ると、令和6年度末時点の老齢厚生年金受給権者のうち、繰上げを選択している人はわずか0.7%の少数派にとどまっています。

 

多くの人が「減額される損」を避けて受給を待つ傾向にあることが推測できますが、トシゾウさんが実感した「健康な時間の絶対的価値」をデータに照らし合わせると、この0.7%という少数派の選択にも、見方を変えれば一定の合理性があるとも推測できるのではないでしょうか。

 

内閣府の「令和7年版高齢社会白書」によると、「健康上の問題で日常生活に制限のない期間(健康寿命)」は、令和4年時点で男性が72.57年となっています。もしトシゾウさんが65歳まで我慢して働き、年金の受給を待っていたとしたら、自由に動き回れる「元気な時間」は統計上、わずか7年半程度しか残されていなかった計算になります。

 

まだまだ気力と体力に満ちた60代前半の時間を「いつか」のために犠牲にせず、自分のためにフル活用した決断は、人生の満足度を最大化するという意味で合理的だったといえるでしょう。

 

さらに、内閣府の「令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査結果」によると、金融資産「5,000万円以上」の層の 64.6% が「遺族等へ財産を残したい」と回答しています。資産を持てば持つほど「遺す」ことに縛られ、お金を使えなくなる富裕層が多いなかで、7,000万円もの資産と年金を自身の生きがいのために「使う」という姿勢はシニアにとって示唆に富んでいるといえます。

 

制度上の損得勘定や「お金を減らしたくない」という不安に縛られず、限りある「健康な時間」に投資したトシゾウさんの生き方は、これからのシニア世代にとって、豊かな老後のロールモデルとなり得るでしょう。

 

[参考資料]

厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業の概況(令和6年)」

内閣府「令和7年版高齢社会白書」

内閣府「令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査結果」